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MAD LIFE 146
10.思いがけない訪問者(9)
4(承前)
「ありがとう。助かったわ」
その女性は胸に手を当てながら、安心した様子で壁にもたれかかった。
女性の顔を眺める。
歳は二十歳前後だろうか?
ぱっと見た感じは女子大生っぽいが、もしかするとOLかもしれない。
肌がツルツルで卵みたいだ。
中西はそんなことを思った。
「あの……どなたですか?」
なんで俺が敬語を使わなくちゃいけないんだ? と思いながら尋ねる。
「喉がかわいちゃった」
中西の質問には答えず、生意気な女は靴を脱いで勝手に家の中へと上がりこんできた。
「お水もらうね、おじさん」
「ああ、どうぞ」
彼女の勢いに押されて、思わずそう口にしてしまう。
「いや、そんなことより君は誰なんだ?」
「あたし? あたしは真知」
彼女はまっすぐ台所まで歩いていくと、戸棚からグラスを取り出し、そこに水道水を注ぎ入れた。
「あんまり美味しくない。浄水器をつけたほうがいいかもね」
グラスの水を一気に飲み干し、顔をしかめる。
「いい加減にしろ!」
彼女の身勝手なふるまいに、さすがに腹が立った。
中西は小娘――真知と名乗った女を怒鳴りつけた。
「なに怒ってんの?」
「俺の質問に答えろ。あんたは誰だ?」
「だから真知だっていってるじゃない。耳が悪いの?」
「名前なんてどうでもいい。なにしにここへ来たんだ? 目的は?」
「やだやだ、男のヒステリー」
真知はダイニングのイスにふんぞり返り、ぶらぶらと両脚を動かした。
「いつもそんなカリカリしてるの? それじゃあ女の子にもてない――」
突然、言葉が止まる。
彼女の顔色が変わった。
「どうした?」
「奴らが来たわ……」
真知はそう口にすると、いきなり中西にしがみついてきた。
彼女の身体は小刻みに震えている。
(1986年1月5日執筆)
つづく
この日の1行日記はナシ