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フォスター・チルドレン 64

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(10)

 いろいろなことが一度に起こり、なにから考えていいのかわからなくなってしまった。
 朋美の部屋からの帰り道、僕は混乱する頭の中を整理しようと、懸命になった。
 朋美のことはひとまず、頭から追いやることにした。朋美が抱えている問題はあまりにも大きすぎて、すぐには解決できないように感じられる。
 そう――まず、僕が考えなければならない問題は、親父を殺したのは誰なのか? その一点だった。
 親父は誰に殺されたのか?
 他にも小さな疑問はいくつか存在していた。
 たとえば親父が交通事故に遭ったときの話だ。
 親父が午後十時半から駅前で、電話の主――朋美だ――を待っていたことはわかっている。朋美の話だと親父は十一時半過ぎには駅前を離れたということだった。
 しかし、これは親父自身から聞いた話と食い違っている。親父は事故に遭った日、十時半から〇時半まで駅前にいたと僕に話した。これは朋美の話と食い違っている。二人の話には一時間の差があった。
 親父が事故に遭ったのは午前一時だ。もし十一時半に駅前を離れたのだとしたら、事故に遭うまでに一時間以上の空白の時間が存在したことになる。
 僕は朋美の言葉を信じた。親父が嘘をついていると思ったのだ。朋美が一時間だけ時間をごまかす理由はなにもないし、海を見たくて南へ向かったという親父の話はどうにも信じられなかった。
 駅前を離れた午後十一時半から、親父はどこにいたのか?
 その疑問はアパートへ戻ってくると同時に、あっさりと解決した。
 警察から、親父の車の中に残っていた品物が段ボールに詰められて届いていた。すぐに送り返すといっていたのに、一週間以上もかかったのは、単なる警察の怠慢だろう。
 大したものは入っていなかったが、僕はそのこまごまとした荷物の中に、緑色の百円ライターを見つけた。三本残った煙草の箱の中に、そのライターは突っこまれていた。僕はライターをつまみ出すと、それをじっと見つめた。
 ライターには「愛夢」と漫画チックな字体で記されている。どこかで聞いた名前だと数秒の間考えこみ、そしてそれが蘭や朋美が通っているスナックであることに気がついた。
 ライターに記された住所から察して、駅からそれほど遠くはない場所にあるようだ。
 そのライターを箱の中に戻そうとして、はたと気がついた。マイルドセブン・スーパーライト――これは事故の起こった日、僕が親父のために買ってきた煙草――間違えて購入した煙草だった。
 箱の側面が潰れている。間違いない。僕がお湯を沸かしているときに握りつぶした跡だった。
 親父はあの日、ライターを持っていなかった。車の中にも置いていないと話していた。だとすると、親父はこのライターをどこで手に入れたのだろう?
 親父は午後十一時半まで駅前で朋美を待ち、そのあと「愛夢」へ足を向けたのではないか? そう考えるのが一番自然だった。「愛夢」でソフトドリンク――車を運転していたのだから酒を飲むはずはない――を飲んだあと、店を出て南へと車を走らせたのだ。
 どこへ行くつもりだったのか?
 疑問はまたそこに戻ってしまう。親父は「愛夢」で誰かと出会い、そこで海へ向かって走らなければならないきっかけを作ったのではないだろうか?
 いったんそう考え出すと、居ても立ってもいられなくなり、僕は「愛夢」に電話をかけていた。

つづく

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