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フォスター・チルドレン 58

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(4)

2(承前)

「祥司さんは朋美さんのことを以前から知っていたようですね。朋美さんは一度奈良へ引っ越しましたが、この春、またこちらへ戻ってきています。飲み屋で偶然、祥司さんに会ったらしくて、で、そのとき、祥司さんにいろいろと説教されたそうなんです。いや、祥司さんにしてみれば心配で声をかけたんでしょうけどね」
 親父ならやりそうなことだ。盛り場で偶然、息子の同級生を見つけ、彼女があまりまともでない格好をしていたとしたら、親父は保護者ぶって近づいたのだろう。そうに決まっている。
 朋美はそんな親父が我慢できなかったに違いない。
「だけど、そんなことで殺したりはしないでしょう?」
「ええ。殺したのは朋美さんじゃありません。駅前で朋美さんを捕まえた祥司さんは、そのまま彼女のアパートまでついていった。部屋の中まで入りこみ、そのことに腹を立てた朋美さんはめちゃくちゃに暴れて、部屋を飛び出したそうです。彼女は走って近くのレストランバー『ホワイトキャッスル』に泣きながら飛びこんでいます」
 刑事は小鼻を掻いた。
「朋美さんがバーに飛びこんだのは午後九時を数秒過ぎた頃です」
「……数秒? 随分、正確なんですね」
「ええ。なぜそこまで細かく時間がわかるかというと――あなたもこの町の人ならよくご存じのとおり、その日は花火大会で、ラストの特大花火が上がったその時刻が午後九時ちょうどだったんですね。朋美さんがバーに飛びこんだのは、花火の上がった直後だったそうですから。そして祥司さんがベランダから転落したのは……」
「午後九時数秒前……」
 若いほうの刑事が手帳を見ながら呟いた。
 そうだ。その時間に間違いはなかった。特大花火に照らされて、親父は落ちてきたのだから――。
「おわかりでしょう? 朋美さんがバーに飛びこんだ時間と、祥司さんがベランダから落ちた時間には、午後九時を挟んでわずか数秒の差しかないんです。朋美さんの入ったバーはアパートの裏側――直線距離にすれば五十メートルほどの場所にあります。決して遠い距離ではありません。しかし祥司さんを突き落とした次の瞬間、バーの扉を押し開けることは不可能なんですよ。推理小説に出てくるような奇抜なトリックでも使ったのなら、話は別ですけどね」
 刑事のいうとおりだった。直線距離では五十メートルだったとしても、アパートの三階から移動するには、もっと多くの時間がかかるはずだ。
 それにしても、事件の起きた夜、僕と朋美がアパートの近くで、そのようなすれ違いをしていたとは夢にも思っていなかった。僕があと数十秒遅く行動していたなら、バーに向かう朋美と道端で顔を会わせたことになる。
「あの……朋美――さんが犯人でないとしたら、一体、誰が親父を殺したというんですか? 親父はそれほどまでに人に怨まれていたんでしょうか?」
「まったく怨まれていなかったとはいえないでしょうね。子供を救うボランティアをしておられたということですが、そういうことから逆恨みをされたってことも考えられるかもしれません」
「誰か疑わしい人物はいるんですか?」
「残念ながら」
 警察官は二人とも首を横に振った。疑わしい目つきをしていたのだろう。僕の顔を見て、鷲鼻の男が慌てて続ける。
「隠しているわけではありません。今のところ、そのような人物は捜査線上に現れてこないんですよ。……ただ手がかりはあります。朋美さんは部屋を飛び出すとき、ドアに鍵をかけていったんです。祥司さんに追いつかれないようにと、わずかながらの時間稼ぎをしたのでしょう。そして祥司さんが飛び降りたあとも、やはりドアの鍵はかかっていました。朋美さんの部屋のドアは自動ロックではありません。つまり、これが祥司さんの自殺でないのだとしたら、犯人は部屋の鍵を持っていた人物ということになります」
 密室。
 そんな言葉が僕の頭をかすめた。ベランダに面した窓の扉は開いていたのだから、完全な密室と呼ぶことはできない。しかし犯人がスーパーマンのように空を飛ぶことができるか、あるいはスパイダーマンのようにアパートの壁面に張りついて移動することができない限り、犯行は不可能なのだ。
 ここは、単純に誰かが合い鍵を持っていたと考えるべきだろう。朋美の他に部屋の鍵を持っていた人物とは誰だろう? 朋美と親しい人物――。
 ……葉月大?

つづく

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