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MAD LIFE 107

8.今、嵐の前の静けさ(1)

 洋樹は自宅のドアをそっと開けた。
「ただいま」
 家族の誰かに届くとは思えない小声で囁く。
 しかし、それでも由利子には届いたらしい。
 やつれた顔の顔の女が家の奥から顔を出した。
 髪もひどく乱れている。
「……お帰りなさい」
 かすれた声でいう。
「ああ……」
 気まずい沈黙が流れた。
「どこへ行っていたの?」
 長い沈黙のあと、由利子が口を開く。
「……え?」
「あなた、昨日の夜から、子供たちを放ってどこへ行っていたの?」
「おまえを助けにいってたんじゃないか」
 俺がどれだけ心配したと思ってるんだ。
 思いがけないことを訊かれ、洋樹はわずかに腹を立てた。
 しかし、由利子は不思議そうな表情を浮かべるだけだ。
「私を……助けに?」
「当たり前だろう。おまえが誘拐されたと知って、気が気じゃなかった」
「そうか……私、誘拐されたんだったわね」
「ああ。だから、助けにいったんだよ」
「私を?」
 由利子の目はじっと洋樹を見つめていた。
「私を助けるために出かけたの?」
「当たり前だろう。何度いわせるんだ」
 洋樹は内心動揺しながら、しかしはっきりと答えた。
「瞳さんじゃなくて?」
「…………」
 言葉に詰まる。
 その変化を、由利子が見逃すはずはなかった。

(1985年11月27日執筆)

つづく

1行日記
明日は数学の小テスト。こんなことやってていいのかなー?

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