KUROKEN's Short Story 12
国語の教科書に載っていた星新一の「おーい でてこーい」にいたく感動した中学生のころ。ちょうど〈ショートショートランド〉という雑誌が発刊されたことも重なって、当時の僕はショートショートばかり読みあさっていました。ついには自分でも書きたくなり、高校時代から大学時代にかけて、ノートに書き殴った物語は100編以上。しょせん子供の落書きなので、とても人様に見せられるようなシロモノではないのですが、このまま埋もれさせるのももったいなく思い、なんとかギリギリ小説として成り立っている作品を不定期で(毎日読むのはさすがにつらいと思うので)ご紹介させていただきます。
※中学生のときに書いた作品をいくつか発見しましたので、本日はそちらをご紹介。そのままではまともに読めないシロモノなので、文章にちょっとだけ手を加えております。
皮肉
男は絶望に打ちひしがれていた。
一千万円の入ったアタッシュケースをどこかへ置き忘れてしまったことに気がつく。来た道を引き返し、あちこち探したが、アタッシュケースは見つからなかった。
浮気がばれ、怒り心頭の妻に支払うはずの金だった。
「一千万円払えば、あなたと別れてあげる」と妻はいった。
妻と縁を切り、真由美と結婚することができるのならばと、金融会社から一千万円を借りたのだが、その直後にまさかの大失態だ。
「ああ……」
男は道端に跪いた。
妻と別れることができないばかりか、一千万円の借金を背負ってしまった。こんな俺に真由美も愛想をつかすに違いない。妻はいつも以上に激しく俺を罵るだろう。まさしく生き地獄。もう耐えられない。これなら死んだほうがマシだった。
男は自分の命を捨てる決意を固めた。
目の前にそびえたつビルに飛び込み、階段を駆け上がる。
男は屋上のフェンスを乗り越え、衝動的に飛び降りた。
「――あ」
落下の途中で、男はようやく発見した。ビルの脇の排水溝に落ちているアタッシュケースを。
しかし、すべては後の祭りだった。
まあ、いいさ。
最後に男は笑った。
仕方ない。これも運命だ。世の中にはこういう皮肉な出来事がごろごろと転がっているんだからな。
男は目を覚ました。
「ここは……どこだ?」
「病院よ」
愛人の真由美がにこりと笑って答える。
「俺はあんな高いところから落ちて助かったのか?」
「真下に立っていた人がクッションになって一命をとりとめたの」
「え? じゃあ、俺の下敷きになった人は……」
「もちろん、即死」
男は頭を抱えた。
「それは大変なことをしてしまった。亡くなられたかたの家族に合わせる顔がない。賠償金も払えない。こうなったら死んでお詫びをしよう。どうせ一度は捨てた命。ええいっ!」
男は真由美の制止を振り切り、窓から飛び降りた。
「バカな人」
アスファルトの上に横たわる男を見下ろし、彼女はいった。
「死んだのはあなたの奥さんだったのに。仕方ないわね。世の中にはこういう皮肉な出来事がごろごろと転がっているんだから」
「お気の毒です。側溝に落ちたアタッシュケースを拾い上げようと駆け寄ったら、頭上に人が落ちてきてあなたは死にました」
天使が女に告げる。
「同情なんて必要ないわ。無能なダメ亭主からようやく逃れることができたんだもの。今はとっても晴れ晴れとした気分よ」
女は満面の笑みでいった。
だが、天使は困った表情を浮かべ、先を続けた。
「それが皮肉なことに、もうすぐあなたの旦那さんがここへやって来るのですが……」
(1982年9月執筆)