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MAD LIFE 019

2.不幸のタネをまいたのは?(5)

 プラットホームに瞳の姿を見つけたとき、洋樹は驚きのあまり、持っていた傘を落としそうになった。
「あ、おじさん」
 唖然とする洋樹のそばに駆け寄り、少女は屈託ない笑みを浮かべる。
「やあ……偶然だね」
 洋樹はどぎまぎしながら彼女にそう告げると、あたりをきょろきょろと見回した。
 こんなところを誰かに見られたら大変だ。
 由利子の耳に届いたら、今度こそとんでもないことになる。
「偶然じゃないよ」
 瞳はにこりと微笑んだ。
「だって私、おじさんに会いに来たんだもの」

 電車が停車する。
 瞳の住むアパートの最寄り駅だ。
「さあ、帰りなさい」
 洋樹は諭すようにいった。
「俺はこれから会社なんだよ」
「はーい」
 瞳が答える。
「ずいぶんと素直なんだな」
「素直じゃない女は嫌われるから」
 彼女は小さく笑ったあと、
「今日、会社帰りにうちへ寄ってね」
 冗談とも本気ともつかない口調でそういって、電車を降りた。
 まったく……あの娘はなにを考えてるんだ?
 瞳の後ろ姿を見つめながら、ため息をつく。
 ――私と浮気しない?
 昨夜の言葉がよみがえった。
 ……浮気?
 これまでの洋樹にはまるで縁のない言葉だ。
 この俺が高校生の少女と浮気だって?
 あり得ない。
 声を押し殺して笑った。

 洋樹は会社にたどり着くとすぐに、中西について社員に訊いて回った。
 しかし、彼の居場所を知っている者はひとりもいない。
 あいつ……一体、どこへ消えちまったんだ?

(1985年8月31日執筆)

つづく


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