KUROKEN's Short Story 10
国語の教科書に載っていた星新一の「おーい でてこーい」にいたく感動した中学生のころ。ちょうど〈ショートショートランド〉という雑誌が発刊されたことも重なって、当時の僕はショートショートばかり読みあさっていました。ついには自分でも書きたくなり、高校時代から大学時代にかけて、ノートに書き殴った物語は100編以上。しょせん子供の落書きなので、とても人様に見せられるようなシロモノではないのですが、このまま埋もれさせるのももったいなく思い、なんとかギリギリ小説として成り立っている作品を不定期で(毎日読むのはさすがにつらいと思うので)ご紹介させていただきます。
のどかな光景
暖かく陽気な春の日だった。
「汽車、汽車、ぽっぽーぽっぽーしゅっぽしゅっぽしゅっぽっぽー♪」
北へと向かう特急列車。
男の目の前には、ひと組の親子連れが座っていた。
子供の世話に疲れたのか、母親は数分前から居眠りを始めている。三歳くらいの幼い男の子は、めまぐるしく移り変わる窓の外の風景に目を輝かせながら、かわいらしい声で「汽車ポッポ」を歌っていた。
列車の中ののどかな光景。
しかし男には、微笑ましく感じられるはずの子供の歌も、煩わしい騒音にしか聞こえなかった。
男はつい先日まで、東京の名のある新聞社で仕事をしていた。しかし、大きなミスを犯し、あっさり馘になってしまったのだった。
(……俺はどんな顔をして故郷に帰ればいいのだろう?)
男は深く大きなため息をつき、両手で頭を抱えた。
胃がキリキリと痛む。朝からずっと耳鳴りがひどい。
東京でのつらい生活で、彼の神経はズタズタになっていた。
列車が左にカーブする。わずかに車内が揺れた。
窓のそばに置いていた缶コーヒーが滑り落ち、男のシャツを濡らす。
茶色いシミは一気に広がっていった。
(もうイヤだ! なにもかもイヤだ!)
「うわあーーーっ!」
男の理性はついに吹き飛んだ。
男は素っ裸になり、列車の中を奇声をあげながら駆け回った。
その光景を眺めながら、男の子は別の歌を口ずさみ始めた。
「記者、記者、すっぽんすっぽんすっぽんすっぽんすっぽんぽん♪」
暖かく陽気な春の日だった。
(1987年3月15日執筆)