KUROKEN's Short Story 11
国語の教科書に載っていた星新一の「おーい でてこーい」にいたく感動した中学生のころ。ちょうど〈ショートショートランド〉という雑誌が発刊されたことも重なって、当時の僕はショートショートばかり読みあさっていました。ついには自分でも書きたくなり、高校時代から大学時代にかけて、ノートに書き殴った物語は100編以上。しょせん子供の落書きなので、とても人様に見せられるようなシロモノではないのですが、このまま埋もれさせるのももったいなく思い、なんとかギリギリ小説として成り立っている作品を不定期で(毎日読むのはさすがにつらいと思うので)ご紹介させていただきます。
ONE DAY
ある日。
いつもと変わらない平凡な一日を予感させる日ではあったが、俺は胸をときめかせながら朝食をとっていた。
理由は明白。今日の出来事が小説として描かれていることを、俺は知っていたからだ。
たくさんの読者がこの小説を手に取ってくれたのだから、彼らを夢中にさせる特別な出来事がこれから起こることは間違いない。
一体、どんな事件が始まるというのだろう?
俺はそのときを今か今かと待ち続けた。
玄関のチャイムが鳴った。
来た!
俺はわくわくしながらドアノブに手をかけた。
俺の家へやって来たのは誰だ?
この物語がミステリーなら殺し屋かもしれない。ラブロマンスなら見知らぬ美女。SFだったら宇宙人か?
期待に胸をふくらませながらドアを開ける。
だが、俺の予想とは裏腹に、そこに立っていたのは顔見知りの郵便配達員だった。
いやいや、ただの郵便配達員だと思って油断するな。鞄の中からいきなり拳銃を取り出すかもしれない。「実は僕、あなたのことが以前から好きで……」と告白される可能性だってある。顔が真っぷたつに割れて、中からスライム状の宇宙生物が現れたりしたら、気弱な俺はたぶん気を失ってしまうだろう。
しかし、変わったことはなにも起こらなかった。
「郵便でーす」
配達員は俺に薄っぺらい茶色の封筒を手渡すと、バイクにまたがり走り去った。
俺は玄関前にひとりぽつりと取り残される。
……誰からの手紙だろう?
手もとの封筒に視線を落とす。
俺の期待は再び高まった。
もしや、一億円と記された小切手? あるいは不幸の手紙? はたまた見知らぬ人物からの謎のメッセージか?
震える指で封を切る。
またもや、俺の期待は裏切られた。
封筒から出てきたのは一枚の便箋。なんてことのない内容の母親からの手紙だった。
「ああ……」
部屋に戻った俺は、ため息をつきながらソファに腰を下ろした
変わったことはなにも起こらない。これじゃあいつもと同じではないか。
窓の外へ目をやる。雲ひとつない青空が広がっていた。耳を澄ませると小鳥のさえずりが聞こえてくる。
この物語はなんだ? もしかして私小説なのか? いや、この作者は私小説なんて書かないはずだ。だとしたら、どういうことだ? なにも事件が起こらないなんて。
俺は首をひねりながら、煙草に火をつけた。
と突然、窓の外がまぶしく光り、木も草も小鳥も俺も熱風に吹き飛ばされた。
……なるほど、こういうことか。
俺は薄れゆく意識の中でそう呟いた。
それはなんの前触れもなくやって来る。
ある日。
そう――まさしくある日の出来事。
(1986年11月16日執筆)