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ノセトラダムスの大予言01
1
地球最期の日は、朝からひどく蒸し暑かった。
雲ひとつない青空がどこまでも広がり、凶器と化した太陽の光はじりじりと地上を焦がし続けている。熱せられた空気がそうさせるのか、あるいは軽い熱病にかかってしまったせいなのか、町の風景はゆらゆらと揺らめいて晶彦の目に映った。
自分以外に動くものはなにもなく、ただ蝉の声だけがうるさく響き渡る朝。人類が滅び去る日を、晶彦はそんな風にイメージしていた。世紀末を描いたテレビアニメでそのような光景を見たのか、あるいは原爆をテーマにした書物や映画の影響で、自然とそんな感覚が植えつけられたのかもしれない。
――広島に原爆が落ちたときは、朝からひどく蒸した一日だったよ。
子供の頃、祖母から何度も繰り返し聞かされた言葉を、彼は不意に思い出した。
そう――今日はまさしく、地球の最期にふさわしい日和だ。
晶彦はとめどなく流れ落ちる汗を手のひらで拭いながら、駅までの道のりを猫背気味に歩いた。まだ盆休みの会社が多いのか、スーツ姿のサラリーマンはいつもの半分ほどしか見受けられない。
誰一人として、今日で地球が滅び去るなどとは思っていないのだろう。そうでなければ、いつもと変わらぬ表情で会社に向かえるはずがない。
顔いっぱいににきびをこしらえた少年がふたり、真っ黒に日焼けした腕を振り回しながら、屈託のない笑みを浮かべて、晶彦の横を通り過ぎていく。今日で人類の歴史に幕が下ろされると知っているなら、そんな笑顔は見せられないはずだった。
もちろん晶彦自身も、今日が人類最期の日になるなどとはまったく思っていない。だが、二十年前にはそれを本気で信じて恐れおののく人間たちが、それこそ掃いて捨てるほど存在したのだ。晶彦もそのうちのひとりだった。
Tシャツにジーパンというラフな出で立ちで、彼はいつもの通勤時刻よりも少しだけ早く、駅へと向かった。行き先は会社ではない。今週いっぱいは有給休暇をとっていた。
会社とは反対方向へ進む電車に乗り、ふたつ先の駅を降りて、そこからさらに数百メートル歩いたところにある小学校の裏山が、今日の目的地だった。裏山には大きなクヌギの木が一本生えている。少年時代の晶彦はそこを秘密基地にして、陽がとっぷりと暮れるまで遊び続けたものだ。
――この世が終わる日に、クヌギの大木の前で再会しよう。
そう約束したのは、今から二十年前。晶彦が小学六年生のときだった。
「俺たち三人で、ここから地球の最期を見届けよう。そのときに真実を告白し合うんだ。どうせみんな死んじゃうんだから、もう嘘をつく必要だってないだろう? 男と男の約束だ。二十年後、俺たちはここで再会する」
目を閉じて耳を澄ませると、友人の――まだ声変わりしていない甲高い声が聞こえてくるようだった。懐かしさに胸が熱くなる。
だが実をいえば、今日になるまで、晶彦はそんな約束を交わしたことなど、すっかり忘れてしまっていた。
記憶を呼び覚ますきっかけを作ってくれたのは、今朝何気なく目を通した新聞のサイエンス欄だった。普段の晶彦なら、そんなページなど開けることすらなかっただろう。だが夏休みも五日目に入り、彼はひどく暇を持て余していた。いまだ独身で恋人のひとりもいない晶彦には、休日を一緒に過ごす相手もなく、また遊ぶための金もなかったのだ。これといった趣味も持っていなかったため、暇をつぶすとなれば、テレビを見続けるか、新聞を隅から隅まで眺めるしかなかった。
グランド・クロス。
新聞に記されたその文句を目にした途端、晶彦は脳の奥深い部分に沈み込んだ記憶が、激しく揺り動かされる不思議な感覚を味わった。ひどく懐かしく、そして不安を誘う言葉だった。
太陽と太陽系の惑星が十字の形に並ぶ珍しい現象が今日起こるのだ、と新聞には図解入りでわかりやすく説明されていた。それらの星の配列は、西洋占星術において最悪の凶兆とされる、と怪しげな占星術師のコメントまで載せられている。
記事に目を通しながら、晶彦は不意に懐かしい友人の顔を思い出した。晶彦の小学生時代の同級生だから、やはり晶彦と同様にいいおじさんになっているはずだが、思い浮かんだ顔は子供の頃の姿そのままだった。もう二十年近くも会っていないのだから、それは仕方のないことだろう。
晶彦は小学校の卒業アルバムを引っ張り出し、ようやくその友人の名前を思い出した。
つづく