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ノセトラダムスの大予言13

 4(承前)

「実はさ、俺ずっと黙っていたことがあったんだけど」
 シャベルを動かす手を止めようとせず、何気ない素振りを装って――でも、明らかにためらいがちに、亮介が口を開いた。
「ユリって、本当は能勢のこと、なんとも思ってなかったんじゃないのかな」
 晶彦は動きを止めた。掘り出した砂を脇に除ける作業を続けていた治樹も顔を上げる。
「いや、それどころかむしろ、能勢を嫌っていたんじゃないかと思ってるんだ」
「どうしてそう思うの?」
 治樹が訊いた。
「いや……なんとなくさ。おまえらはそう思わなかったか?」
 亮介は鼻の下をこすり、ふたりの顔を交互に眺めた。
「ああ……」
 晶彦は正直な気持ちを打ち明けた。治樹も頷いている。
「思ったよ。卒業式のことをいってるんだろう? 確かに俺もそんな風に感じた……」
 晶彦は当時のことを思い返した。
 卒業証書授与式が終わると、子供たちはそれぞれの教室へ戻り、担任から最後の言葉をもらった。そのときだ。
 能勢はまず教え子全員の前で頭を下げ、掲示板の写真がもたらした騒動について謝った。自分の行動が軽率だったことを潔く詫びた。真面目を絵に描いたような女――学級委員長が「最低」と、いつになく厳しい言葉を吐いたことはよく覚えている。怒りをあらわにする者、「謝る必要なんてないよ。だって恋愛は自由じゃない」と大人ぶった意見を口にして能勢とユリのふたりをかばう者、気まずく戸惑いの表情を見せる者。皆の反応は様々だった。
 だがその中で、ユリだけがその場にそぐわぬ表情を見せた。それはほんの一瞬のことだったが、晶彦は決して見逃したりはしなかった。ユリの表情の変化に気づいた者は、ほかには誰もいないだろうと思っていた。だが、亮介も治樹も気づいていたのだ。
 ユリは上目遣いに教壇上の能勢を見上げ、口の端を歪めて笑った。まるで、能勢をあざ笑っているかのような表情だった。すべて自分の思いどおりになったと満足しているように、晶彦には思えた。
 もしかしたら、ユリは能勢を疎ましく思っていたのではないだろうか? 実は激しくいい寄っていたのはユリではなく、能勢だったのかもしれない。しつこく付きまとう能勢に、ユリは嫌気がさしていたのでは?
 そう考えれば、ビニールハウスでユリと確かに目を合わせたと感じたのに、彼女が気づかないふりをした理由もわかる。そう――ユリは気づかなかったのではない。気づかぬふりをしただけなのだ。ユリは写真を撮られたことに気づいていた。しかしあえて、それを口に出そうとは思わなかったのだろう。もしかしたら、晶彦らがその日その場所でUFOの写真を撮影することを知っていて、わざと能勢を誘ったのかもしれない。能勢を嫌っている晶彦ら三人にわざとキスシーンを見せ、彼を破滅に追いやろうと企んだ可能性は大いに考えられる。
 掲示板の前で怒りをあらわにして晶彦を殴ったのも、すべて演技だったのではないだろうか。被害者を装いながら、実は心の中では舌をぺろりと出し、「うまくいった」とほくそ笑んでいたのかもしれない。
 カチン、となにか硬いものがシャベルの先にぶつかった。
「あった」
 亮介が緊張した声を発する。晶彦はシャベルを放り捨てると、素手で土を掘り始めた。
 やがて透明な、球形のプラスチックが姿を見せた。
「開けるぞ」
 亮介がカプセルに向けて、シャベルを叩き下ろした。三度目の衝撃でひびが入り、五度目でカプセルの一部が砕けた。
 中にはさらに三つの小さなカプセルが入っていた。それぞれの球にはマジックペンを使って、子供らしい乱暴な筆跡で三人の名前が刻まれている。
 各々の名前が記されたカプセルを、殻の薄い卵でも持つように大事そうに手のひらへ包み込み、それからいっせいに中身を開いた。
 中からは一枚の紙切れが現れた。
「じゃあかけ声と共に、おたがいの紙を見せ合おう」
「ああ……」
 晶彦はごくりと生唾を飲み込み、自分の紙片に記された文字にもう一度だけ目を通し、「じゃあ行くぞ」と声をかけた。
「いっせいのぅ―せぃ!」
 小学生の頃に何度も叫んだ懐かしい掛け声と共に、三人はおたがいの紙切れを身体の前に差し出した。
〈僕が写真を掲示板に張り出した犯人です 治樹〉
〈フィルムを盗んで、掲示板に写真を張りつけたのは俺 亮介〉
〈犯人は僕 晶彦〉
 三人はたがいに顔を見合わせ、怪訝そうに表情を歪め、それからいっせいに笑い出した。

                  つづく

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