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MAD LIFE 106

7.私はひとりでも生きる(14)

5(承前)

「で、これからどうするんだ?」
 中部が瞳に尋ねる。
「あとは警察の仕事です。すべてお任せします」
 無表情のまま、瞳は答えた。
「違う。君のことだよ。君のお兄さんは指名手配され、いずれ捕まるだろう。君はひとりぼっちだ」
「かまいません」
 瞳はしっかりとした口調でそう答えると、洋樹のほうへ顔を向けた。
「おじさんたちも今までごめんなさい。もう迷惑はかけませんから」
「……瞳」
 洋樹は戸惑った。
 なんと声をかけていいかわからない。
「なに? その情けない顔。……あ、由利子さんはひどく疲れているみたいだったから、先に自宅に帰ってもらったの。心配ないからね」
「そうじゃない。瞳――」
 話したいことは山ほどある。
 しかし、うまく言葉にならなかった。
「私、ひとりでも平気だから」
 気のきいた言葉をかけてやれない洋樹に、瞳はにっこり笑ってそう答えた。

 長い夜が終わり、新しい朝がやってきた。
 洋樹たちはようやく警察からようやく解放された。
 しかし、誰もが浮かない表情を貼りつけている。
「……送っていこうか?」
 洋樹は瞳にそういったが、
「由利子さんが待ってるから、早くうちに帰ってあげて」
 あっさりと断られてしまった。
「瞳……ひとりで本当に大丈夫か?」
 その質問には答えず、瞳は歩き始めた。
「おい、瞳」
「さよなら、おじさん」
 振り返って大きく両手を振ると、瞳は夜明けの路地を勢いよく駆け出した。
 彼女はもう、俺のもとへは戻ってこない。
 瞳の背中を見つめながら、ぼんやりそんなことを考える。
「春日さん」
 中西が洋樹にいった。
「本当にこれでよかったんですかね?」
「ああ……」
 洋樹は静かに頷いた。
 本当にこれでよかったのか?
 そんなことはわからない。
 ただ、洋樹は無理やり納得するしかなかった。

  (1985年11月26日執筆)

つづく

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