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MAD LIFE 108

8.今、嵐の前の静けさ(2)

1(承前)

「瞳さんって綺麗よね。それにとってもやさしくって……いいお嬢さんだわ」
「瞳がおまえを助けてくれたんだってな」
 洋樹は由利子から視線をそらしていった。
「瞳さんがそういってたの?」
「ああ」
「いつ会ったのかしら?」
「ついさっきさ。警察で……」
「ねえ」
 由利子はうらめしそうな顔で洋樹を見た。
「一体、あなたたちはなにをやっているの? 瞳さんはなにも教えてくれなかった。ただ、あなたを巻きこみたくないって」
 涙混じりの声になっていることに気づく。
 洋樹は息を呑み、由利子を見た。
「おい……」
「私だけ……私だけ仲間外れ? そんなの嫌よ。お願い……私にも教えて」
 由利子はそう口にすると、洋樹に抱きついてきた。
 今にも折れそうな細くて白い腕が、彼の身体に絡みつく。
 ああ……俺はとんでもない馬鹿野郎だ。
 洋樹は由利子の髪をやさしく撫でた。

 雑木林の中に建てられた白い小屋は、大勢の警察官によって取り囲まれていた。
「誰もいないようですよ」
 小屋に双眼鏡を向けた富岡がそう報告する。
「まさか、逃げたか?」
 中部は富岡から双眼鏡を奪うと、小屋の様子を探った。
 富岡のいうとおり、人の気配はない。
「よし。踏みこむぞ」
 周囲の警察官にそう指示を出す。

 そんな彼らの行動を藪の中からうかがっている人物がいることに、中部はまったく気づいていなかった。

(1985年11月28日執筆)

つづく

この日の1行日記はナシ



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