MAD LIFE 313
21.ワーストチャプター(10)
3(承前)
真知が前方を指差す。
「……え?」
中西は示された方向に目をやった。
停車したパトカーに、ふたりの男が乗り込もうとしている。
どちらもよく知っている顔だ。
ひとりは中部警部。
そして、もうひとりは――
「パパ……」
「社長⁉」
肩を落とし、前かがみの姿勢で車に乗り込んだのは、間違いなく小崎徹だった。
「どうして社長が……?」
徹を乗せたパトカーはゆっくりと動き始めた。
4
瞳は呆然とするしかなかった。
……あの女性は誰? まさか中西さんの恋人?
もしそうだとしたら、中西さんにとって私は一体なんだったのだろう?
カップの底に残った苦い飲み物を一気に飲み干すと、彼女は静かに席を立った。
……結局、お別れの言葉は口にできなかったな。
大きなため息を吐き出す。
今日、瞳はここで中西にさよならを告げるつもりだった。
ようやく見つけた大切な人についていくため。
今まで私の周りに現れた人たちは皆、私にやさしくしてくれた。
でも、あれは私を可哀想な少女だと思ったから。
ただ同情してくれていただけなのだ。
それは中西さんだって例外ではない。
でも……あの人は違う。
瞳は心の中で呟いた。
晃君だけは違う。
彼は私にこういったのだ。
――真実を映す鏡があれば、俺の気持ちをちゃんと君にわかってもらえるのに。
同情じゃない。
晃君は私を愛してくれている。
この私を。
心の底から。
(1986年6月21日執筆)
つづく