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フォスター・チルドレン 34
第3章 誰を救おうとしているんだろう?(9)
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親父が失踪した。
驚きや不安よりも、親父の身勝手さに腹が立った。すぐに病院へバイクを走らせたが、まだ親父は戻ってきていないという。
「今、『心のオアシス』の方たちが一生懸命探してくださっています。身体のほうはすっかり回復していますから、おそらく心配はないでしょう。車椅子ですから、それほど遠くには行ってないと思うのですが……」
看護婦は不安そうな表情を見せた。
「じゃあ、僕も親父の行きそうなところを探してみます」
そういって、病院を出る。あまり心配はしていなかった。親父のことだ。ベッドでぼんやりと寝続けることに我慢ができなくなったのだろう。助けを求める子供の声に居ても立ってもいられなくなり、実際に会いに出かけたに違いない。
……呆れた人だ。
そこまでして――自分自身がひどい怪我を負っているというのに――親父は一体、誰を救おうとしているのだろう?
心当たりを探すといっても、僕は親父の立ち寄りそうな場所をまるで知らなかった。最初に自宅を覗いてみたが、明かりは消えていて中に誰かがいる様子はない。
それでもひょっとしたらと思い、僕はバイクを止め、家の中に入った。確かキーホルダーに家の鍵もつけていたはずだと思い、ベルトに通していたホルダーをはずす。
実家へ来たのは半年ぶりだ。僕の住んでいるアパートからは数キロしか離れていないが、これまで立ち寄ろうと思ったことは一度もない。
母さんが生きている頃は、それでも月に一度くらいは足を運んだ。もちろん親父が留守の時間を狙ってだ。母さんはなにもいわず、僕のために食事を作り、それにがっつく僕をにこにこしながら眺めていた。帰るときには必ず、野菜や栄養剤を手渡してくれたことを懐かしく思い出す。
「食事にだけは気を遣うようにね」
それが母さんの口癖だった。
父さんと仲直りしてくれ。家に戻ってこい――そんなことは一度も口にしなかった。もちろん、そうしてほしいと願っていたことは痛いほどわかっている。でも僕は、どうしても父さんに笑顔を見せることができなかった。
鍵をはずして玄関の扉を開ける。かびくさいにおいが鼻孔を刺激した。湿っぽい空気が僕の周囲を取り巻く。
母さん……。
不意に涙がこみ上げてきた。
昔は親子三人でよく旅行に出かけたし、朝食も一緒に食べていた。あの温かかった日々は二度と戻ってこない。
ごめん、母さん。
明かりをつける。久しぶりにやってきた我が家は、ひどくくすんで見えた。
僕がつまらない意地を張ったばっかりに、母さんは寂しく死んでいかなきゃならなかった。母さんだってもう一度、親子三人で笑い合いたかったはずだ。それなのに――。
廊下を歩いて、居間に入る。居間は巨大なゴミ箱と化していた。空き箱や紙屑が絨毯の上に散らばり、すえたにおいがした。机の上にはコンビニの弁当のパックが散らばっている。
机の中央にフォトスタンドがひとつ、置かれていた。僕はゴミを押し退け、そのフォトスタンドを手に取った。
「父さん……」
喉が震えた。
何年前に撮った写真だろうか。親父と母さんと、そしてまだ幼い僕が三人で肩を組んで笑っている――そんな写真だった。
僕は写真を元の位置に戻すと涙を拭き、逃げるように家を出た。感慨に耽っている場合ではない。今は、親父を見つけることが先だ。
僕はバイクを南へ走らせた。
つづく