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MAD LIFE 113

8.今、嵐の前の静けさ(7)

3(承前)

「あ……ごめんなさい」
 自分の失言に気づき、慌てて口を押さえた。
「ヤクザ屋さんとはまいったな」
 男が笑う。
「でも、そのとおり。俺はヤクザ屋さんさ」
「お願いします。立澤さんに会わせてください」
 瞳は彼に頭を下げ、懇願した。
「社長に会わせろ? お嬢ちゃん、社長になんの用があるんだ? 名前は? 歳は?」
 困ったような表情を浮かべながら、男が質問する。
「私は間瀬瞳……十六歳です。立澤さんに大切な用があって来ました」
「しかし……」
 男は言葉を濁した。
「社長はここにはいないよ」
「……え?」
 真正面から男を凝視する。
 ヤクザには見えない――本当に人のよさそうな顔をしている。
「社長は今、本社だ」
「……本社?」
「ほら。市役所の前に大きなビルがあるだろう?」
「ニューセントラルビルですか?」
 一流企業のオフィスばかりが入った高層ビルだ。
「そうそう。あのビルの五階が社長の経営する会社だ。社長はそっちにいるはずだよ」
 瞳は男から会社の名前を聞き出すと、もう一度丁寧に頭を下げ、小走りで市役所へと向かった。

「面白い娘だな……」
 少女の後ろ姿を見送りながら、男は口もとにうっすらと笑みを浮かべた。

 ニューセントラルビルの五階までエレベーターで上がり、男に教えてもらったオフィスへ飛びこむ。
 就業時間前なのか、人の姿は見当たらなかった。
 〈社長室〉と記された扉を見つける。
 瞳はその扉をためらいなく開けた。
 どうせまともにかけあっても、追い返されるだけだ。
 だったら、無理やりにでも突撃するしかない。
 社長室へ入る。
 デスクに向かって作業をしていた男が、顔を上げてこちらを見た。
「……嘘」
 思わず声が漏れる。
 そこに座っていたのは――
 瞳の目は大きく見開かれた。

(1985年12月3日執筆)

つづく

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