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MAD LIFE 205
14.コインロッカーのひと騒動(9)
4(承前)
洋樹はしばらくの間、呆然とその光景を眺めていたが、やがて我に返り、運転手に声をかけた。
「ここで降りるよ。いくらだい?」
「え? ここでですか?」
運転手はきょとんとした顔つきでいった。
「目的地はまだずっと先ですけど……」
「かまわない」
「はあ……」
運転手はけげんそうに洋樹を見つめながらドアを開けた。
タクシーを降りた洋樹は、駅前でうろうろと歩き回っている中西に声をかけるべきか迷った。
彼が正常には見えなかったからだ。
あいつ、なにをやってるんだ?
洋樹は電柱の陰に隠れ、中西の様子を窺うことにした。
「ほら、借りてきたわよ」
女の声が耳に届く。
暗くてはっきりとはわからなかったが、裸の中西のそばへ駆け寄ったその女性は二十歳くらいに見えた。
「すまない、真知」
中西が頭を掻く。
「もう! 裸で追いかけてくるなんて、どうかしてるわ。近くにあたしの男友達の家があったからよかったものの……はい、どうぞ。適当な理由をつけて借りてきたわ」
そういって中西に服を手渡す。
「じゃあ、あたしは急いでるからこれで」
「待てよ、真知」
「なに?」
「一体、おまえはなにをしようとしているんだ? ワタルっていう男は誰だ? 本当に今から大阪に行くつもりなのか?」
「詳しく説明している時間はないの。ごめんなさい」
……あの娘が小崎真知か。
洋樹は息を殺し、ふたりの様子を観察し続けた。
(1986年3月5日執筆)
つづく
この日の1行日記はナシ