見出し画像

MAD LIFE 112

8.今、嵐の前の静けさ(6)

3(承前)

 瞳は立ち上がると、鏡をじっと見つめた。
 兄の行方は依然わからないままだ。
 だが、立澤組の人ならなにか知っているかもしれない。
 立澤組の組長に会いにいこう。
 鏡の中の自分に彼女は力強く頷いた。

 薄暗い路地裏の中にある三階建てのビルを見上げる。
 立澤組の事務所はここで間違いなかった。
 怖い。
 瞳は自分の腕をさすった。
 なんといって訪ねればいいのだろう?
 ごめんください?
 お邪魔します?
 事務所の前をうろうろしながら、ため息をつく。
 そのときだった。
 不意に肩を叩かれる。
 瞳は思わず短い悲鳴をあげてしまった。
「お嬢ちゃん。なんか用かい?」
 口調は雑だが、やさしい声だ。
 ゆっくりと振り返る。
 そこにはあごひげを伸ばした、人のよさそうな男が立っていた。
 三十歳前後だろうか?
 鳥の巣のようなもじゃもじゃの髪がユーモラスだ。
 警戒心は解け、瞳は男の質問に答えた。
「あの……立澤さんに会いたいんですが……」
 男は驚きの表情を見せた。
「立澤さんって、社長のことかい?」
「社長? 立澤組の組長ですけど……」
「ああ、だから社長だろう? 社長は貿易会社を経営しているんだ」
「あなたはその会社の社員さん?」
「表向きはね……」
 男は笑ってそう答えた。
「表向き?」
「俺はこっちの人間だから」
 目の前のビルをちらりと見て、彼は白い歯を見せた。
「え? じゃあ、あなたもヤクザ屋さん?」
 瞳は声を張りあげる。

(1985年12月2日執筆)

つづく

1行日記
もうすぐ純ちゃんのコンサートだよー! 

いいなと思ったら応援しよう!