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MAD LIFE 118

8.今、嵐の前の静けさ(12)

5(承前)

「いつまでもおまえに苦労はかけられない。だから、俺は心を決めた」
 浩次は話を続けた。
「……最後の手段に出たんだ」
「最後の手段って……なに?」
「立澤組の力を借りて、長崎をビビらせてやろう――そう思った」
 兄の話がよく理解できず、
「どういうこと?」
 と瞳は訊いた。
「三年前、俺は喫茶店で江利子と知り合った」
 浩次が悲しそうな眼差しを瞳に向ける。
「ひと目惚れだった。俺は彼女にしつこく迫ったが、最初は全然相手にされなかったんだ」
 兄の視線が自分を通り越して、全然違うものを見つめていることに瞳は気がついた。
 私に話しているんじゃない。
 これはお兄さんのひとりごとだ。
「でも、ある日突然、江利子は俺を受け容れてくれた。そこからは急スピードだ。俺たちは婚約し……そして、あの事件が起こった」
 立澤は当時部下だった長崎に、内村展章を殺すよう命令した。
 立澤の経営する会社にとって、内村は邪魔な存在だったのだろう。
 命令を受けた長崎はある企みを抱いた。
「最初は俺のことをまったく相手にしなかった江利子が、なぜ急に近づいてきたのか……俺はあいつの本心をまったく見抜けていなかった」
「……え?」
 眉間にしわを寄せた兄の顔をじっと見つめる。
「俺はただ利用されただけ……うまいエサに釣られて罠にはまった野ウサギだったんだよ」
「どういうこと?」
「江利子は……」
 浩次は苦しそうに答えた。
「あいつは長崎の娘だったんだ」

(1985年12月8日執筆)

つづく

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