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MAD LIFE 268
18.〈フェザータッチオペレーション〉の正体(12)
3(承前)
「望」
母の声が聞こえたが、中西は返事をしなかった。
「早くしないと朝ご飯が冷めるわよ」
早口で母がいう。
「ああ……今、行くよ」
中西は活気のない言葉を返すと、もぞもぞと布団から抜け出した。
今もまだ真知がそばにいるような気がしてあたりを見回す。
だが、当然ながら彼女はどこにもいない。
中西は大きなため息をついた。
彼の前に突然現れ、そして慌ただしく去っていた風のような女。
息苦しい。
胸を押さえる。
身体の真ん中にぽっかりと大きな穴が空いているような――そんな気がした。
「望! 早くしなさい!」
母の声が険しくなる。
「はいはい」
中西はもう一度ため息をつき、力なく立ち上がった。
「パパ」
「ん? どうした?」
真知の父であり、小崎食品会社の社長である小崎徹は、電話帳と見間違うほどの分厚い書物から目を離し、娘のほうを向いた。
「昨日、おまえの言い訳はたっぷり聞いたが、まだなにかあるのか?」
意地の悪い笑みを浮かべ、真知に訊く。
どうして家出したのか? どうして須藤らに追われることになったのか?
昨夜、娘からひととおりの話は聞いた。
それにしても、須藤仁とその息子であるワタルが犯罪者だったとは驚きだ。
徹は少なからずのショックを受けた。
娘をそんな男と結婚させようとしていた自分が許せなくなる。
そこまで人を見る目が劣ってしまったのか?
こんな男が社長では、会社が傾くのも当然だ。
須藤が逮捕されたことで、資金援助の話もすべてご破算。
もはや、会社の立て直しは不可能だ。
朝からひどく気が重かった。
「俺は忙しいんだ。手短に済ませてくれよ」
娘に向かってそういうと、
「……あのね」
真知は恥ずかしそうに口を開いた。
(1986年5月7日執筆)
つづく
この日の1行日記はナシ