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MAD LIFE 026

2.不幸のタネをまいたのは?(12)

4(承前)

 中西はしばらくの間、長崎の顔を凝視していたが、我慢できず、ついに笑い声をあげてしまった。
「なにがおかしい?」
「俺があんたの仲間になる? 本気でいっているのか?」
「ああ」
 長崎は頷いた。
「おまえは何事にも動じないし、腕っぷしも強い。いい働きをしてくれると信じてる」
「馬鹿馬鹿しい。あんたの仲間になんかなるわけないだろう」
「いや、おまえは俺に従うしかないんだ」
 そういって、彼は不気味な笑みを浮かべた。
「……どういうことだ?」
 胸騒ぎがする。
 長崎を睨みつけ、中西は訊いた。
「おまえの母親がこちらの手中にあるとしたら?」
「……え?」
 小さな子供を諭すみたいに、長崎は中西の頭を軽く小突いた。
「おまえの財布の中に免許証が入っていたから、住所はすぐにわかった」
 どくん、と心臓が音を立てる。
「おまえの母親を人質に取らせてもらったよ」
 長崎は喉を鳴らしていつまでも笑い続けた。

 夜八時半。
 〈レジャー新宿〉ロビー。
 洋樹はいつになくそわそわしていた。
 意味もなくフロント前をうろつき、ホテルの従業員に何度も奇異の視線を向けられる。
 瞳には悪いと思ったが、彼はこの刺激的な事態を少なからず楽しんでいた。
 今日も退社時刻を迎えると同時に会社を飛び出した。
 おい、春日。なにか、いいことでもあったのか?
 同期の社員にそう声をかけられたことを思い出す。
 ここ数日、ずっと浮かれているみたいだからさ。
 ちょっとな。
 彼は笑ってごまかした。
 銀行から十万円を下ろし、喫茶店で時間をつぶしたあと、午後八時に〈ニュー新宿〉へ向かう。
 洋樹は興奮していた。

(1985年9月7日執筆)

つづく

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