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海が見たくなる季節 7
4(承前)
「き、君は……?」
僕は驚きの表情を隠すことができなかった。
彼女は以前、僕の夢の中に現れた天使と瓜二つの顔を持っていた。
「私のこと、覚えていてくれた?」
少女はにこりと笑った。
「でも、あれは夢の中の出来事で……」
「夢じゃないわ」
少女は語調を強めた。
「私の名前は由利。覚えといてね」
「由利さん? あ。ぼ、僕の名前は――」
「あなたの名前は幹成。そうよね? 幹成さん」
少女は――由利さんは僕に顔を近づけようとして、動きを止めた。
「いけない。あの子たちが戻ってくる。またあとで会いましょう」
由利さんは僕の耳元にそう囁きかけると、背を向けて部屋から出ていっ
てしまった。
「由利さん……」
彼女の吐息がかかった耳たぶを撫でながらつぶやく。
「あっ! あの子だよ、あの子! かわいいだろ?」
遠くから小菅の声が聞こえた。
5
僕の脳裏から由利さんの顔が離れない。
ため息をつき、寝返りをうつ。僕の周りでは、いびきの三重奏が鳴り響いていた。僕はといえば、日が変わったというのにちっとも眠くならない。
……オウチヘカエリタイ……
その声に驚き、目を開く。
……カエリタイ、カエリタイ、カエリタイ……
どうしても海が見たくなった。居ても立ってもいられず、布団を蹴って起き上がる。
……ハヤク、ハヤク…….
僕は開けっぱなしの窓に近づき、そこから外へ飛び出した。
目の前には、海が広がっていた。裸足のまま、砂の上を歩く。波が僕の足をやさしく撫でていった。
腰をかがめ、手のひらに海水をすくう。ひと舐めして、そのしょっぱさにむせかえった。
咳きこむ僕の周りを、暖かい空気が取り囲んだ。
……ボクノオウチ…….
「えっ?」
波しぶきが、僕の顔にかかった。
あ――この感触――昔――どこかで。
……ヤットカエッテキタンダ。ママ! ママ!……
「……ママ?」
僕は海に向かってつぶやいた。
「僕のママなの?」
――そうよ、坊や。
海が僕に語りかけてくる。
――私のかわいい坊や。さあ、ママの胸の中へ飛びこんでいらっ
しゃい。
「うん、ママ」
僕はふらふらと海の中へ入っていった。
つづく
※読みやすくするため、原文に多少の修正を加えております。