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下手の横スキー25
第25回 そして検定当日!(2)
「では、これからプルークボーゲンの検定を開始しまーす」
(ドキドキドキドキ)
「ゼッケン16番の方、どうぞー」
(ドキドキドキドキ)
「黒田くーん、どうしましたあ?」
「うおりゃあああああ、アックスボンバー!」
「それはプルークボーゲンじゃなくて、ハルクホーガンの必殺技ですね。ふざけてないで早くスタートしてください。……黒田君? なにを食べてるんですか?」
「うーん、冷たくってとっても美味しい~。それにこのまろやかな舌触り。さすがオーストラリア産の高品質な乳製品を使っているだけあるなあ」
「まさかとは思いますが、レディボーデン?」
「♪レディ~ボーデン、レディ~ボーデン、うー、うー」
「あの……緊張しすぎで、頭のネジが少し緩んでません?」
「うっせえな、馬鹿」
「な、なんだと、こいつっ!」
「がああああああっ、ごめんなさあああいっ。ボーゲンのつもりが、暴言を吐いちゃいましたあああああっ!」
「ゼッケン16番、失格」
悪夢にうなされ目を覚ますと、全身汗びっしょり。枕元の時計は、まだ5時にもなっていません。どうやら今日も、早起きしちゃったみたいです。
準指導員検定2日目。
いよいよ、今日から実技検定が始まります。昨年の受検では、プルークボーゲンやシュテムターンなどの基礎種目を思いどおりに演じることができず、涙にくれた黒田です。
あのときの反省を活かし、今シーズンはめいっぱい基礎種目を練習しましたよ。いつもどおりの滑りができれば合格できる、と自分自身に何度もいい聞かせたのですが、不安はなかなか薄れてくれそうにありません。
ゲレンデには魔物が住んでます。どれだけ準備万端で挑んでも、これでもかってくらいにあらゆるハプニングが襲いかかってくるんですよね。
脚がもつれて転倒したらどうしよう? 急にお腹が痛くなったらどうしよう? コンタクトレンズがはずれたらどうしよう? 冬眠中のカエルが目を覚まし、雪の中から突然飛び出してきたらどうしよう? 僕にひと目惚れした女性が、「結婚して!」と飛びついてきたらどうしよう? ああ、不安だ、不安だ、ふあんだーすの犬。ぱとらっしゅううっ!
逃げ出したくなるのをぐっとこらえ、検定開始をひたすら待ち続けること数時間。
極度の緊張で、胃がキリキリと痛みます。食欲なんてまるでナシ。だけどなにか食べなきゃ身体がもたないと、無理矢理朝ご飯を詰め込みます。うえっぷ。
実技検定は全部で9種目。3人の検定員がそれぞれの種目の合否を判定し、7種目以上の合格をもって実技合格と相成ります。
見事に晴れ渡った青空の下、いよいよ実技検定スタートです。
緊張して自分の順番を待っていると、
「頑張ってぴよ」
背後から声がかかりました。
「ぴよ?」
後ろを振り返ると、ひよこ型の帽子を頭にかぶり、にこにこと微笑むスキーヤーを発見。昨年、僕と共に準指導員検定を受け、「二人一緒に合格しよう」と誓い合ったにも拘わらず、僕を置き去りにしてさくさくっと合格しちまったS君であります。
「応援するぴよ」
こらこらこらあ。こっちはめちゃくちゃ緊張して、朝ご飯さえろくに喉を通らなかったっていうのに、ずいぶん呑気な態度を見せてくれるじゃねえか。
「ぴよぴよぴよ」
あああああ。羨ましいよお。僕も来年はひよこの帽子をかぶって、呑気にぴよぴよとさえずっていたいよおおおお。
なんとしても合格しなければ。なんとしても合格しなければ。なんとしても……うっ、胃が痛い。プレッシャーばかりがのしかかり、もうなにをどうしていいやらさっぱりわかりません。
オチケツ。いや、落ち着け。スキーとはまるで関係がない楽しいことを考えて、緊張をやわらげることにしよう。あ、今、あそこを滑ってる女の子、スキーウェアを脱いだら、結構グラマーかもしれないなあ。ぼんっ、きゅっ、ぼんって感じで。
「♪あれれんれえ、あれあれ、アラレちゃん、ぼんっきゅっぼんっ」
「あの……くろけんさん、もうすぐスタートだっていうのに、なんで『Dr.スランプ』のエンディングなんか歌ってるんですか? しかも微妙に歌詞が間違ってるし」
「いいの。こうやって歌ってると、心がなごむんだもん。さあ、君も一緒に歌ってごらん。♪あれれんれえ、あれあれ、アラレちゃん、ぼんっきゅっぼんっ」
スタート直前までこの歌を口ずさんでいたのは、ホントの話。おかげで緊張もほどよく解けました。周りのみんなはメチャクチャ迷惑だったろうけど(ゴメン)。
ぼんっきゅっぼん♪ のおかげで、大きなミスをすることもなく、2日目の検定は無事終了。
「お疲れぴよ」
えーい、きさまは黙ってろ!
しかしまだ、気を抜くわけにはいきません。
昨年は最終日の実技種目をすべて失敗し、不合格になってしまったんですから。しかも明日は、僕の苦手なシュテムターンが待ち受けています。
シュテムターンとは、初級者が中急斜面を安全に降りるための技術。指導者になるのであれば完璧にこなさなくてはならない大切な種目です。
うーーん、大丈夫かなあ?
整備された斜面であればそれなりの形で滑ることもできるんですが、ちょっとでもバーンが荒れていると、一気にハラホロヒレハレとなっちゃうんですよね。神様、お願い。なるべく荒れていないバーンで検定が行なわれますよーに。
「えーと、明日のシュテムターンの検定ですが、当スキー場でもっともハードなPコースを使って行なうことにしました」
がらがらがらっ(希望の崩れる音)。
神様の意地悪っ!
Pコースといえば、深いコブ山が連続して続く超難関斜面じゃないっすか!(焦) あんなところをシュテムターンで降りるなんて、無理ですう。絶対に無理ですううう(涙)。
試しに滑ってみましたが、うわあ、シュテムなんだか、ジュテームなんだか、トレビアンなんだか、さっぱりわからない滑り方しかできません。やばいぞ、やばいぞ、こりゃ、やばいぞ。
しかし、神はまだ私を見捨ててはおりませんでした。
ずどどおんと落ち込みながら夕食を食べていると、検定員から「Pコースはやっぱりあまりにもハードなんで、明日のシュテムターンは検定バーンを変更します」と、嬉しいお知らせが入りました。
をををっ! どこ? ねえ、どこで滑るの?
「Dコース上部を使って、検定を行なおうかと」
うわーい、やったあ。Dコースもかなり荒れたバーンではありますが、Pコースの比ではありません。これならなんとかなりそうです。
ルンルンルン、とうかれながら露天風呂に浸かり、ゲレンデを眺める僕。圧雪車がゲレンデの整備を始めています。
「あれれ?」
よく見ると、Dコース上部にも圧雪車が入っているじゃありませんか。ということは、まったく荒れていないバーンで検定を受けられちゃうわけです。ラッキー♪ 神は我に味方した!
「ありゃりゃあ、圧雪車が入っちゃってるなあ」
おわっ! いつの間にか、僕の隣に検定員が。
「Dコース上部だけは、そのままの状態で残しておくように、頼んでおいたんだけどなあ。シュテムターンの検定は不整地で行なう決まりだから、あれじゃあDコースを使っての検定は無理だよ。やっぱり最初の予定どおり、Pコースを使うことにするか」
うおおおおおおいっ! マジっすかあ?
果たして、僕の運命やいかに?
ちょっと引っ張りすぎじゃないかって気もするけど、次回「運命の合格発表」にうずく! ズキズキ。