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MAD LIFE 139
10.思いがけない訪問者(2)
1(承前)
俺を撃ったあいつの名前を誰かに伝えるまでは、絶対に死ぬわけにはいかない。
長崎は必死で歩いた。
だが、人影はまるでない。
用心深い奴め。
わざと人通りの少ない場所を選びやがったな。
……眠い。
長崎は立ち止まり、まぶたを閉じた。
頭がぼんやりする。
もう一歩も歩けそうにない……
最近のことを思い返す。
一週間前、長崎はアジトを捨てて自宅へ逃げ戻った。
もちろん、何度も警察が訪ねてきたが、そこは家族にごまかしてもらい、自分は地下の隠し部屋にひそみ続けた。
「いつまでこんな生活をしなくちゃいけねえんだか」
食事を片付けにやってきた妻――伸江に愚痴をこぼす。
「あんたがドジを踏むからでしょ。自業自得よ」
伸江は蔑みの視線を長崎に向けた。
「言い訳する気も起きねえな」
長崎は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「十六の小娘に殴られて気絶しちまったなんて、俺も耄碌したもんだ」
「あんたがそんなふうだから、晃もどこかへ行っちゃったんじゃないの?」
伸江がため息をつく。
「あの子、ずっと帰ってきてないんだよ。明日から新学期が始まるっていうのにさ」
「まったく……晃の奴、どこをほっつき歩いてるんだか」
長崎は不満げに唇を突き出した。
「あの子も江利子みたいに、もう帰ってこないかもね」
厭味ったらしい口調で伸江がいう。
「なんだよ? 江利子がこの家を出ていったのは俺のせいじゃねえだろ?」
長崎はそう口にしたあと、乱暴にソファへと座った。
埃が舞い上がり、思わずむせ返る。
「一日中、地下室ってのも地獄だな。これじゃあムショと変わりゃしねえ」
「刑務所じゃ女は抱けないわよ」
伸江は長崎の隣に座ると、彼の頬にキスをした。
照れながら、伸江に尋ねる。
「江利子がこの家を出ていってどれくらいになる?」
「もうすぐ丸二年ね」
丸二年か。
早いものだ。
立澤を刺し……そして江利子は家を出ていった。
(1985年12月29日執筆)
つづく
この日の1行日記はナシ