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KUROKEN's Short Story 07

国語の教科書に載っていた星新一の「おーい でてこーい」にいたく感動した中学生のころ。ちょうど〈ショートショートランド〉という雑誌が発刊されたことも重なって、当時の僕はショートショートばかり読みあさっていました。ついには自分でも書きたくなり、高校時代から大学時代にかけて、ノートに書き殴った物語は100編以上。しょせん子供の落書きなので、とても人様に見せられるようなシロモノではないのですが、このまま埋もれさせるのももったいなく思い、なんとかギリギリ小説として成り立っている作品を不定期で(毎日読むのはさすがにつらいと思うので)ご紹介させていただきます。

3つの願い

 妻にひっぱたかれた頬をさすりながら、会社までの道のりをとぼとぼ歩いていると、なにもない空間から突然、真っ黒のマントに身を包んだよぼよぼの老人が現れた。
「うわっ」
 俺は突然のことに肝をつぶし、その場にへなへなと座りこんだ。
「な、な、な、なんだ君は?」
 思うように舌が回らない。
 黒マントの男はうろたえる俺を見下ろしながらおもむろに口を開いた。
「わしは神じゃ」
「……神?」
 黒マントの神様なんて聞いたことがない。
 どうやら、変な男にからまれてしまったようだ。
 しかし、会社の同僚にこの話をしたら、きっと面白がってくれるかもしれない。もうちょっとつきあってみることにした。
「神様が俺になんの用ですか?」
「最近、神を信じる者がすっかり減ってしまってな。だからこうやって、ときどき地上へ下りてきて、人間どもに奇跡を見せつけているんじゃ。神はすごいんじゃぞ、と定期的にアピールしておかんとな」
「奇跡を見せてくれるんですか?」
「ああ。3つの願いをかなえてやろう」
「はあ……」
「なんだ? 嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいですけど……どうして俺に?」
「たんなる気まぐれじゃ。あまり深く考えるな」
 なにからなにまで胡散臭い。
「3つの願いって……まさかそれと引き換えに、俺の魂をもらうとかいい出すんじゃないでしょうね?」
「そんなものはいらん。わしは悪魔じゃないからな。どうじゃ? 3つの願いをかなえてほしくはないのか? たとえば、不死とかどうじゃ?」
「いいですね。いつまでも健康でいたいです。ぜひお願いします」
 苦笑しながら俺は答えた。
「よし、ひとつめの願いは不死じゃな。あとふたつは?」
「そうだなあ」
 あり得ないとわかっていながらも、俺は真剣に考えこんでしまった。
 大金? いや、手に入ったところで、すべて妻に奪い取られてしまうだろう。
 女? ダメだ、ダメだ。浮気なんてしたら妻に半殺しにされてしまう。
 俺はとっさに、
「妻を殺してほしい」
 と叫んでいた。
「ほっほっほっ。お安い御用じゃ」
 男は不気味な笑い声をあげながら、俺の顔を覗きこんだ。
「あとひとつは?」
 腕を組み、頭をひねる。
 いくら不死になろうと、妻からの束縛を逃れようと、上司にぺこぺこと頭を下げ、お得意様にへらへら愛想笑いを振りまいている毎日では、絶対に幸せになんてなれやしない。
 ……そうだ!
「さあ、3つめの願いは?」
 俺は顔を上げ、男にいった。
「世界征服」

 翌朝、突然の世界大戦により、俺を除くすべての生き物は死に絶えた。
 どうやら、あの男は本当に神様だったらしい。
 俺は荒れ果てた広い大地を眺めながらため息をついた。
 妻は死んだ。俺は世界を征服した。そして……。
 そして俺はこの先ずっと、この地で生き続けなければならなかった。
 究極の孤独に苦しみながら、永遠に。

(1988年1月18日執筆)


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