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MAD LIFE 330

22.歯車は壊れた(11)

5(承前)

 不意に声がかかる。
「君、もしかして春日っていうんじゃない?」
 いきなり、見知らぬ女性が俊の顔を覗き込んできた。
 高校生くらいだろうか?
 整った顔立ちをしている。
「ええ……そうですけど……」
 どぎまぎしながら、俊は答えた。
「お父さんは春日洋樹さん?」
「……はい」
「やっぱり!」
 彼女がにっこりと笑う。
 天使のような笑顔に胸が高鳴った。
「君、お父さんにそっくりだね。すぐにわかったよ」
 お父さんにそっくり……今の俊には決して嬉しい言葉ではない。
「父さんのこと……知ってるんですか?」
 唇を尖らせたまま尋ねる。
「ええ。私、間瀬瞳っていうの」
「……ああ」
「もしかして知ってる?」
 俊は頷いた。
 彼女については父から何度か聞いたことがある。
 もう一度、じっくり顔を見た。
 本当に綺麗だ。
 優しい人だろうということもわかる。
 こんな人がお姉さんだったら最高に素晴らしい毎日が待っているだろう。
「あら、君……えーと、名前はなんだっけ?」
「俊です」
「俊君。ポケットの中のものが落ちそうだよ」
 彼女の視線の先に目をやると、無造作に突っ込んだ茶封筒が、今にもポケットからこぼれそうになっている。
 俊は慌ててその封筒をポケットの奥に押し込もうとしたが、逆に地面に落としてしまった。
 風が吹き、茶封筒が宙を舞う。

 (1986年7月8日執筆)

つづく

1行日記
期末テストも終わってほっとひと息。


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