見出し画像

海が見たくなる季節 1


 1

 オウチヘカエリタイ

 その声に僕は顔をあげた。
 まただ。どこからともなく聞こえてくるいつものあの声。
 ……オウチヘカエリタイヨォ
 僕は両手で力いっぱい耳を抑えた。
 聞きたくなかった。この声は、僕をとても不安にさせる。
 しかし、あがいたところで無駄なこともわかっていた。声は直接、僕の頭の中へ飛びこんできて、気が狂いそうになるまで、僕の心を掻き乱していくのだ。
 ――やめてくれ!
 僕は悲痛な面持ちで叫んだ。
 でも声は、まるで僕が苦しむのを楽しんでいるかのように、さらに同じ言葉を繰り返した。
 ……オウチヘカエリタイヨォ
 ――やめろ! やめろ! お前は一体、何者なんだ?
 僕は声に問いかけた。
 声は答えた。
 ボクハキミノ“心”さ……アア、ハヤクオウチヘカエリタイ
 ――家へ帰りたい? ここが僕の家だぞ。
 チガウ、チガウンダヨ。ソウジャナクテ……

「疲れているんだ」
 僕は自分に無理矢理そういいきかせると、薄汚れた勉強机の前を離れ、皺くちゃになった蒲団が積み重なるベッドの上へと寝転がった。
 期末テストの披れが、まだ残っているんだ。そうだ、そうに違いない。なんせ、三日も徹夜したもんな。これで疲れないというほうがおかしいさ。
 自分を無理やり納得させると、寝転んだまま窓の外を見た。
 明後日からは夏休みだ。夏休みになれば、疲れなんか吹っ飛んでし
まうに違いない。
 窓の外には、いつもとまったく変わらない光景が広がっていた。
 休息を忘れて慌ただしく走り続ける車、そして人。
 めまぐるしい。あまりにもめまぐるしく移り変わってゆく景色に、僕はうんざりせずにはいられなかった。
 その光景を見ているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。
 ひどく浅い眠りだった。

                           つづく

※読みやすくするため、原文に多少の修正を加えております。

いいなと思ったら応援しよう!