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フォスター・チルドレン 31
第3章 誰を救おうとしているんだろう?(6)
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「ミルキーロード」では客がソープ嬢を指名することはできない規則となっていたので、結局、蘭には会えなかった。
いや、別に慰めてもらう相手が蘭である必要はなかった。
僕の相手をしてくれた女性はミミという名のあまり垢抜けていない丸顔の少女だったが、彼女は僕の話を聞いて、蘭以上に僕の心を安らげてくれた。
蘭の場合は元同級生ということもあり、あまりみっともない姿は見せられなかったが、まったくの他人であるミミには――僕は母親の胸で甘える幼児のように――弱い部分を見せることができた。それだけで心の中の塊は砕け散った。まったくもって、男というのは単純な生き物だ。
「えええ、すごいじゃない! そうそう。どっかで見た顔だと思ったのよねえ」
ことを終えたあと、僕が昨夜の「ロック天国」に出演したことを話すと、ミミは目を輝かせながら僕を見た。正直、悪い気分ではなかった。
「昨日、出演していたバンドでしょう。審査員の先生たちも絶賛してたじゃない。ボーカルの女の子、可愛いよねえ。あ、思い出した。あなた、ボーカルの女の子の右側でギターを弾いていた金髪の人だ」
「……演奏はどうだった?」
「よかったよお。あたし、いっぺんでファンになっちゃったもん」
多分にお世辞が混じっているとしても、嬉しかった。
「サインもらってもいい? えへ。友達に自慢してやるんだ」
「サインって……僕、別にプロなわけじゃないんだよ」
「ううん。きっとプロになれるって。あたし、あなたたちのバンドの追っかけをやるわ。だから頑張ってね」
たぶん表情が曇ったのだろう。ミミが僕の顔を覗きこんでくる。
「どうしたの?」
「僕はプロになりたい……長年の夢だったんだ。願ってもないチャンスだと思ってる。でも他のメンバーはそう思ってなくてさ……真剣にプロを目指そうなんて、誰も考えてなかったみたいなんだ」
「それで……喧嘩したの?」
黙って頷いた。
「でもどうして? プロになりたいから、『ロック天国』に出場したんでしょう?」
「番組に出演できたのはたまたまなんだよ。それに番組のプロデューサーはキーボードをメンバーからはずせって、僕らにいってきた。それがみんなには許せないらしい」
「確かにキーボードはあんまりうまくなかったかもね」
ミミはぼそりと呟いた。
「あ、あたしの彼氏もバンドやってるのよ。もちろん、あなたたちと比べたら幼児園児のお遊びみたいな演奏だけどね。だから音楽のことはそれなりにわかるつもり。プロデューサーがキーボードをはずせっていった理由もなんとなくわかる」
「そう……みんな、わかっているんだ。ここでゼンタ――あ、キーボードをやっている奴の名前なんだけど――彼との友情を大切にしてプロへの道を蹴ったりしたら、それこそゼンタにとっちゃ、いい迷惑だろう? ゼンタをますます惨めにさせるだけだ。それはわかっているんだろうけど……みんな、プロになりたくないから、ゼンタとの友情を優先させてごまかそうとしているんだと思う」
「わからないなあ。プロになりたくない理由ってなに?」
「自信がないんだよ。プロでやっていく自信を持てないんだ。アマチュアでやっている分には気楽だ。でもプロになったら――プロになって、もし自分の音楽を否定されたら――まるで自分の人格全てを否定されているような気分になるじゃないか。そうなるのが恐ろしいんだろうな」
「あなたもそうなの?」
「いや、僕はプロになりたい。そのために会社だって辞めたんだ。子供の頃からの夢だったんだ。僕は絶対プロになってやる」
「なんだ」
ミミはにっこりと笑った。
「だったら悩むことなんかないじゃない」
「え?」
「たとえあなた一人になっても、プロへの道を目指せばいいじゃない。他の人たちが来週の出演を辞退したとしても、あなた一人が出場すればいい。それだけのことでしょお?」
「そんな……無理だよ。そんなこと、プロデューサーが納得しない。大体、僕一人でなにができるっていうんだよ?」
「そうやって弱音を吐くってことは、結局、あなたも他のメンバーと一緒。自分に自信がないってことね」
そのとおりだった。返す言葉が見つからない。
つづく