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ノセトラダムスの大予言10
3(承前)
「おい、どうする、これ?」
「公表すれば、間違いなく問題になるだろうな。ひょっとしたら先生、くびになるかもしれない。なにしろ教え子に手を出したわけだから」
晶彦はつい先日テレビのニュースで報道され話題となった「ハレンチ教師」の事件を思い出し、そう答えた。女子中学生を何人もホテルに連れ込んでは関係を迫った中年教師の顔写真を見て、晶彦の母が「ホント、すけべそうな顔。これでこの男の人生もめちゃくちゃね」と呟いたことが印象に残っている。
「あいつがこの学校からいなくなったら、ユリもようやく目を覚ますんじゃねえか?」
「そうだな……」
何気なく交わした会話のつもりだった。写真を公表すれば、能勢がそれなりの処分を受けることは間違いない。退職に追い込まれる可能性だって十分に考えられる。しかしユリを振り向かせるために、そこまで卑劣な手段に訴える勇気を晶彦は持ち合わせていなかった。
だが、それを実行に移した人物がいたらしい。
放課後、「ネガが見当たらないんだ」と治樹が騒ぎ始めた。
「確かにロッカーに入れておいたんだよ。誰かに見られちゃまずいから、亮介にいわれたとおり、ロッカーの一番奥底に隠しておいた。でも、どこにもないんだ」
「そんなはずないだろう。フィルムがひとりで勝手に歩き出すわけはないんだから。よく探してみたのか?」
「なにもかも引っ張り出して探してみたさ。でもないんだよ! 亮介か晶彦が持っていったんじゃないの?」
「なんだよ? 俺が盗んだっていうのか?」
亮介は眉を吊り上げ、治樹の胸倉をつかんだ。
「そんなことはいってないよ。でも、どこを探しても見つからないってことは……。そうだ、先生に訊いてみよう。先生ならネガの隠し場所を予知能力で当ててくれるかもしれない」
治樹は亮介の手を払いのけると、彼には珍しく機敏な動きで教室を飛び出していった。
「おい、待てよ!」
晶彦は慌てて彼のあとを追った。
「治樹、まだわかってないのか? あいつの予言はでたらめなんだってば」
「必ずしもそうだとは断言できないじゃないか。正直にいわせてもらえば、僕は今だってちょっとは信じてるんだよ。先生は本当に超能力を持っているんじゃないかって」
「僕がどうしたって?」
いきなり声をかけられ、晶彦ら三人は雷に打たれたように身体を震わせて立ち止まった。彼らの前には能勢が――相変わらずののほほんとした笑顔で立っている。昨夜の抱擁シーンが再び脳裏を横切り、晶彦は冷静でいられなかった。
「先生、僕の大事なフィルムがなくなっちゃったんだ。どこに消えたのか予言してよ」
治樹は早口で一気にまくし立てた。
「フィルム?」
「大切なネガなんだ」
「でも、治樹はもう先生の超能力なんて信じてないだろう?」
能勢は寂しそうにいった。
「信じてる。本当は信じてたんだ。だから――」
「わかった」
彼はにこりと微笑み、治樹の肩に手をかけた。目を閉じ、ぽつりぽつりと語り始める。
「青い野球帽をかぶった男の子が、治樹にフィルムを渡そうとしている光景が見えるよ。……見かけない顔の男の子だな。誰なのかはわからないけど……でも、にこにこと笑っている。……悪い子には見えないな。心配いらないよ。フィルムはそのうち治樹の手に戻ってくるさ」
能勢はそう予言した。
でも結局、能勢の言葉どおりにはならなかった。
ネガは見つからなかった。翌朝、問題の写真が掲示板に張り出されたあとも、ネガが治樹の手に戻ってくることはなかった。
つづく