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MAD LIFE 020
2.不幸のタネをまいたのは?(6)
3(承前)
退社時刻となった。
洋樹は昨日と同様、残っていた仕事を大急ぎで片付けると、誰よりも早く会社を飛び出した。
警察へ連絡したほうがいいのでは?
いや、まずは彼の母親に相談すべきかもしれない。
洋樹はまっすぐ中西の自宅へと向かうことを決めた。
空いた電車に乗り込み、空いている座席に腰を下ろす。
座って電車に乗るのはひさしぶりのことだ。
妙に落ち着かない。
見慣れているはずの窓からの景色も、なぜかいつもと違って見えた。
洋樹は自分が胸を弾ませていることに気がつく。
なぜ?
焦って問いかけた。
部下のひとりが昨日から行方不明になっているんだぞ。
それなのにワクワクするなんて不謹慎極まりない。
思い返せば、この高揚感は一昨日の夜からずっと続いていた。
少女の写真を拾ったあのときからだ。
これまでの彼は、なんの感動もない平凡な毎日をただ流されるように過ごしてきた。
だけど、今の彼は得体の知れない力に動かされている。
まるで小説の主人公みたいだ。
あの写真を拾ったときから――。
気がつくと、電車は駅に停車していた。
ここで降りれば、瞳に会うことができる。
――今日、会社の帰りに私の部屋へ寄ってね。
今朝の彼女の言葉がよみがえった。
洋樹は立ち上がると、そのまま電車を降りた。
自分でもよくわからない。
不思議な力に誘導されているようだ。
俺は……どうしてこんなにもあの娘に惹かれているんだろう?
洋樹を吐き出した電車の扉が閉まる。
……あいつを助けてやりたい。
心が叫ぶ。
え?
洋樹は顔を上げ、去っていく電車を見た。
そうだ……そういうことだったんだ。
彼女に惹かれる理由。
それはたぶん恋じゃない。
瞳の発するSOSを見逃せなかっただけだ。
瞳の笑顔に見え隠れするかげり。
俺はそれを敏感に感じ取っていたのだろう。
(1985年9月1日執筆)
つづく