
アパレルショップ綺羅の事件簿 28
8 〈綺羅〉店内(承前)
仁恵 「ロッカーの周りやフックの下に白い粉が落ちていたから、すぐにあんたの仕業だとわかったけど、名探偵さんが得意げに推理を続けるもんだから、なかなか途中で口をはさめなくって……」
遥 「白い粉? あれってマネキンさんの落としたものだったの?」
仁恵 「今は汗でほとんど流れ落ちちゃってるけど、この人、開店直後は顔も腕もおしろいで真っ白だったんだよ。よっぽどマネキンになりきりたかったんだろうね。顔なんてまるでのっぺらぼうみたいだったんだから」
遥 「のっぺらぼう……え? ってことはもしかして」
キラ 「(正座したまま、もう一度土下座)誠に申し訳ございませんっ! 今朝早く、このお店に忍びこもうとしていた早紀さんを後ろから呼び止めて驚かせてしまったのもこの私です」
早紀 「あ。いわれてみれば確かに、あのときののっぺらぼうと同じ服だ」
麻美 「おいおい。もっと早く気づけよ」
遥 「ねえ。(キラに近づき)あなた、どうしてマネキンになりたいなんて思ったの?」
キラ 「私……このお店が大好きで。いつかこんなお店で働きたいなってずっと思ってて。昨日、二体あるマネキンの一体が突然姿を消したもんだから、じゃあ私が代わりを務めちゃおうかなあと思って……」
遥 「……マネキンが姿を消した?」
仁恵 「五年前にこのお店をオープンしたときから、ずっと使い続けててきたマネキンだったから、ずいぶんと汚れちゃっててね。だから、業者さんに頼んでクリーニングしてもらってるの」
遥 「クリーニングの業者って……もしかして〈ピッカピカ興業〉?」
仁恵 「ああ、そうだよ。え? なんであんたが知ってるの?」
遥 「(ほっとした表情で)なんだ……そういうことだったんだ」
ほのか 「そういうことって……どういうこと?」
遥 「私、ノブ君――あ、私の彼氏です――ノブ君の浮気を確認したくて、この店へやって来たんです」
ほのか 「ん? どういうことか全然わかんないんだけど」
遥 「友達のアップしたインスタの写真に、偶然、ノブ君が写ってて……ノブ君、見知らぬ女性と抱き合っていたんです。一体、どういうことなの? と私はノブ君に尋ねました。でも、ノブ君は顔色ひとつ変えずに、『それはお得意先のアパレルショップから預かったマネキンだ。その写真はマネキンを運んでいるところだ』としれっと答えて……。ノブ君のいってることが本当かどうか確かめるため、私はこのお店にやって来ました。マネキンが二体置いてあることは事前にネットで調べてわかっていたので、もしマネキンの数が減っていたら彼の言葉は本当。二体飾ってあったら彼の話は嘘。そう考えたんですが……」
楓 「ああ、だからこの店にやって来たとき、大声で泣きわめいたんだね。マネキンが二体あると思ったから」
遥 「うん、そう。……でも、二体だと思ったマネキンのうち、一体は人間だった。ノブ君の話は本当だった。ノブ君は浮気なんてしてなかったんだ」
楓 「よかったじゃない」
つづく