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MAD LIFE 140

10.思いがけない訪問者(3)

1(承前)

 あの日、長崎は自宅にいた。
 今頃、江利子は立澤に抱かれているに違いない。
 親としては複雑な気分だったが、わずかに喜びのほうが勝った。
 娘が立澤の妻になれば当然、俺の格も上がる。
 うまくいけば、次の組長に選ばれるかもしれない。
 ……だが、長崎の目論見は脆くも崩れ去った。
「ただいま」
 玄関のドアが開き、江利子が現れる。
 彼女は鮮血に染まったナイフを握っていた。
 白いドレスにも血がこびりついている。
「江利子……おまえ」
 それ以上の言葉は出てこなかった。
「だって……だって……立澤さんが無理やり……」
 江利子は「お父さん、ごめんなさい」と頭を下げると、そのまま家を出ていった。
 その後、彼女がどうなったのか、長崎は知らない。

 あの一件で、俺は立澤の怒りをかい、組から追放されちまった。
 目がかすむ。
 もうまともに立っていることはできそうになかった。
 振り返ってみれば、ろくでもない人生だったな。
 自分自身に苦笑する。
 前方を見ると、明かりのついた建物が視界に入った。
 窓の向こうで人影が動く。
 あそこまで行くことができれば……。
 だが、もう一歩も歩けない。
 次第に意識が遠ざかっていく。
 長崎は迫りくる死をはっきりと意識した。

 空に浮かんだ月をぼんやり眺めながら、長崎晃は姉にいった。
「姉さん、俺――」
 髪を梳いていた江利子が晃のほうを向く。

(1985年12月30日執筆)

つづく

この日の1行日記はナシ



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