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MAD LIFE 110
8.今、嵐の前の静けさ(4)
3(承前)
長崎典和殿
八月二十三日夜に話し合おう。
俺は事務所にいる。
なお、事前に断っておくが、俺はタダであんたたちを組に入れてやる気はない。
入りたければ、それなりのものを用意しておけ。
末木力
便箋にはそう記されていた。
末木が長崎に送った手紙だ。
瞳はこの手紙を、監禁された倉庫の地下金庫から見つけた。
中身を読めば、長崎と末木の関係に大体の想像がつく。
長崎も末木も、もともとは立澤組の組員だった。
しかし末木は勢力のある西龍組に心惹かれ、長崎たちの手助けによって、立澤組を抜け、西龍組へと入った。
やがて長崎たちも立澤組を裏切り、末木のコネで西龍組へ入ろうとしたのだろう。
だが、末木はその要求を呑むことと引き換えに、長崎たちに金を要求してきたのだ。
八月二十三日の夜、長崎の手下である黒川は、末木と話をつけるため、西龍組事務所を訪ねた。
そこで口論となり、激昂した黒川は持っていたナイフで末木を刺し殺してしまったのだろう。
……西龍組は立澤組の仕業だと思いこんでるみたいだけど、実際はそうじゃない。
瞳は便箋を手に取った。
この手紙はそれを裏付ける大切な証拠となるはずだ。
それなのになぜ、私はこれを刑事さんに渡さなかったのだろう?
それは――
便箋を丁寧に折り畳み、息を吐く。
それは……私が立澤組の組長に会いたかったから。
兄に人殺しを命じたのは長崎だ。
その当時、長崎はまだ立澤組の組員だったはずである。
ということは、長崎も上層部の誰かからそれを命じられたと考えるのが自然だ。
立澤組の上層部――おそらく組長だろう――が内村展章の殺害を長崎に命じた。
長崎はその任務を浩次に任せた。
自分の手を汚したくなかったから。
それをネタに浩次から金を巻きあげられると思ったから。
卑怯な男だ。
(1985年11月30日執筆)
つづく
この日の1行日記はナシ