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フォスター・チルドレン 32

第3章 誰を救おうとしているんだろう?(7)

2(承前)

「もっと自信を持ったら?」
 ミミは僕をぎゅっと抱きしめ、耳元で囁いてくれた。
「あなたのギター、すごかった。絶対に才能あるわよ。一人でも頑張れる。ね? 頑張ってみてよ」
「ありがとう……」
 僕は彼女を抱きしめ返した。
「頑張れるような気がする……。駄目でもともと――そう思えば気が楽だし。昨日のロック天国も、そう思っていたから成功したんだしね」
「ホント、かっこよかったわよ」
 ミミが僕の耳を噛んだ。
「自分では気づいてないかもしれないけど、あなたのギターってメロディーズのギタリストの演奏に似ていて、すごくかっこいいもん。小早川タケルだっけ? かっこいいよね、あの人。将来、あの人と肩を並べるくらいの名ギタリストになるかもね」
 メロディーズ――ふと朋美の顔がよぎった。二人でよく出かけたライヴのことが思い出された。
「メロディーズのファンなの?」
 そう尋ねる。
「うん、最近、ファンになったんだ。それまではあんまりロックって聴かなかったんだけどね。どっちかっていうとユーミンとかサザンとかそんなのばっかり聴いてて、彼氏がやってるハードロックなんて馬鹿にしてたんだけど、でも、あたしの友達にメロディーズの大ファンがいてね。車の中でいつも流れているもんだから、つい影響されちゃったってわけ」
「ああ、そうなんだ」
「その子、大のメロディーズファンなんだよ。あなたとも話が合うかもしれないわね。このお店で働いているの。ユキっていうんだけど」
「朋美?」
 僕の口から――僕の意志とは関係なしに、かつての同級生の名がこぼれた。
「え? ユキちゃんの本名、どうして知ってるの?」
 ミミが驚いた顔を見せる。やはり朋美のことだったらしい。
「いや、高校のときの同級生なんだ。この前、ふと見かけて知ったんだけど……」
「へえ。あ、じゃあランちゃんのことも知ってる? 確かユキちゃんの高校のときの同級生なんだけど。ランちゃんの紹介で、ユキちゃん、ここで働くようになったんだよ」
「あ、ああ。蘭とは昨日、会った」 
「へえ。二人の同級生なんだ。へえ。へえ」
 ミミは「へえ」を連発し、それから立ち上がった。そろそろ時間のようだ。
「朋美は元気でやってるのかな?」
 さりげなく訊いたつもりだったが、ミミは口元に意味ありげな笑みを浮かべ、
「なに? あなたの彼女だったの?」
 と尋ねてきた。
「いや、そうじゃないけど……」
「多分、元気なんだと思う」
「え?」
 答えの意味がよくわからなかった。
「正直、よくわかんない。だって、ユキちゃんってものすごくおとなしいんだもん。お客さんの前ではそうでもないのかもしれないけど、プライベートではほとんどなにも喋らないから。いるのかいないのかわからないような――空気みたいな不思議な人なのよね」
 ああ……。
 僕は高校時代の朋美の姿を思い出した。高校のときの朋美も、まさにそんな人物だった。ただメロディーズのライヴを観ているときの彼女だけは、やけに活き活きしていたことを覚えている。
「今日も店にいるの?」
「ええ、来てるわよ。なに? 気になるわけ? やっぱりユキちゃんの元彼氏なわけ?」
 元――という言葉が気になった。
「駄目よ、あの人。今はもうちゃんとした彼氏がいるんだから。いや、彼氏っていうのかなあ、ああいうのも」
 ミミは顎に人さし指をあて、視線を上に向けた。
「ユキちゃんの彼氏もちょっと変わった人なのよね。一見、おっかなそうな人なんだけど……髪の毛を短く刈り上げていて、プロレスラーみたいに大きな身体をしてて……」
 僕は昨日、店から出てきたときに、偶然見かけた男――朋美が必死で追いかけていた男の姿を思い出した。
 ……あいつが朋美の恋人?
「暴力団とも関係があるって話だし……」
「嘘だろう?」
 僕は思わず声に出して叫んでいた。
「どうして朋美がそんな男と――」
 朋美にはまったく似つかわしくない男だった。いや、一度見かけただけで、そう決めつけるのは早計かもしれない。しかしやはり、どう考えてみても、朋美に似合う男性とは思えなかった。

つづく

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