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フォスター・チルドレン 33
第3章 誰を救おうとしているんだろう?(8)
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家に戻った僕は押入の中から高校のときの卒業アルバムを引っぱり出した。こんなものを見るのは何年ぶりだろう。アルバムのカバーにはたくさんの埃がかぶっていて、くしゃみを連発する。
三年二組の集合写真のページを開けてみた。一番後ろの列の右端に映っているのが僕だ。腹を立てているような、むすっとした顔つき。
この頃の僕はどんなことを考え、なにを思って生きていたのだろう。
思い出そうとするのだが、記憶はあやふやで、ただメロディーズの演奏のコピーを懸命に続けている姿しか浮かんでこない。
そうだ。僕は一生懸命だった。
音楽が好きで好きで、授業中もノートに曲や詞を書き、放課後には部員が三人しかいない軽音部に顔を出し、ギターを練習し、そして小遣いをためてはライヴハウスに通い――そんな毎日だった。
あの頃の僕は今よりももっと活き活きしていたと思う。夢のようなことばかりいって親父を困らせ、夢を追い続けていた。親父になんといわれようと、僕は自分の信念を曲げなかったではないか。
それが今は――。
小さくため息をつく。
これが良識ある大人になったということなのだろうか。
だとしたら、僕は大人になんかなりたくはなかった。世間の常識とか体裁とか、そんなものに縛られて生きてゆくのはまっぴらごめんだ。
僕は結婚して子供を作って……そんな幸せは望んでいない。音楽のためなら、そのような幸せを犠牲にする覚悟はできている。
そうだ。なにを気弱になっているんだ。
あの頃は親父に無視されたって、平気だったじゃないか。
親父を心配させたくない? 嘘だ。そんなの詭弁だ。このまま夢を追いかけることに不安を感じ、そこに逃げ道を見つけ出したかっただけなんだ。
親父だって、ちゃんと話せばわかってくれる。僕の考えを理解してくれる。
僕は絶対に、ミュージシャンになってやる。
胸の奥から勇気が湧きだしてくるような気分だった。まさか高校時代の自分の写真に励まされるとは思わなかった。
苦い笑いを浮かべながら、次に朋美の姿を探す。
朋美と蘭は隣り合って座っていた。蘭は無邪気な笑みを見せていたが、朋美は口を閉じ、こちらを睨みつけている。蘭と比較すると、ますます地味で目立たない。
結局、朋美は卒業アルバムを手にしないまま、ひっそりこの町を去っていった。
卒業式目前に起きた悲惨な事件。自分の父親が、目の前で母親を殺した――彼女はどんな思いで、その光景を見ていたのだろう。
朋美は今でもメロディーズの音楽を聴いている、とミミはいっていた。相変わらず、存在感の薄いおとなしい女性だとも。
見た目は派手になっていたが、性格的にはあの頃と変わっていないのか……いや変わっていないのなら、なぜソープ嬢などをしているのか? なぜやくざまがいの男などとつき合っているのだろう?
そんな男とつき合っているとはどうしても信じられないのだが、高校を卒業してからすでに六年半の歳月が流れているのだ。心だって変わる。生き方だって変わるだろう。
電話のベルが鳴り続けていることに気がついた。
アルバムを閉じ、慌てて受話器を取る。
「もしもし、樋野さんですか? こちらC**病院です」
ひどく慌てた声だった。背中を冷たいものが流れる。親父の様態が変わったのかもしれない。受話器を持つ手に自然と力が入った。
だが、そうではなかった。いや、それよりももっと深刻な事態だったかもしれない。
「お父様が病院からいなくなりました。車椅子に乗ったまま、どこかへ行ってしまわれたんです」
つづく