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MAD LIFE 027
2.不幸のタネをまいたのは?(13)
5(承前)
危険な目に遭うかもしれない。
洋樹はそれを心のどこかで期待していたのだ。
「おじさん」
ロビーをうろついていると、瞳の声が聞こえた。
ゆっくりと声のしたほうへ振り返る。
夜八時半。
中西の〈レジャー新宿〉への足取りはひじょうに重いものだった。
二日ぶりに解放されたものの、心はどんよりと曇ったままだ。
夜の派手なネオンが、ますます彼を憂鬱にさせた。
このまま逃げてしまおうか?
中西は思った。
いや、無理だ。
母親が人質に取られている。
彼女を残したまま、逃げることはできない。
彼は長崎の指示に従うしかなかった。
警察へ駆け込むか?
しかし、もしそれがばれたら、彼らは容赦なく母を殺すだろう。
血も涙もない奴らだ。
しかも、あいつらは銃を持っている。
顔の傷が痛んだ。
スーツもあちこち擦り切れている。
知り合いと出くわしたら、なにをいわれるかわからない。
とにかく今日は、無事に事を成し遂げるしかなかった。
この先のことを考えるのはそのあとだ。
目の前に〈レジャー新宿〉が見えた。
夜八時半。
「あいつ、本当に大丈夫ですかね?」
小池が長崎にいう。
「心配するな。あの男は裏切らねえよ」
長崎はそう口にすると、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
中西の母――美和が写っている。
「……それは?」
「あいつの手帖に挟んであった。あいつはマザコンだよ」
喉を鳴らして笑う。
「ママのためなら、なんだってやるさ」
長崎はグラスに残っていた酒を一気にあおった。
「本当にいい男を見つけた。あいつにはこれから馬車馬のように働いてもらわなくちゃな」
(1985年9月8日執筆)
つづく