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MAD LIFE 017

2.不幸のタネをまいたのは?(3)

2(承前)

「…………」
「おまえは人殺しの肩を持つ気なのか?」
 人殺し。
 非日常的な言葉に中西は戸惑った。
 小池たちに強請られている人物が、彼らのいうとおり、本当に人を殺したというのなら、まったく同情できるものではない。
「しばらくそこで休んでな」
 初老の男が中西にいう。
「おまえの処分は明日、長崎さんが帰ってきたら考える」
 それだけ告げて、彼は倉庫から出ていった。
「おまえ、殺されるかもな」
 小池がにやりと笑う。
 中西は彼の顔につばを吐きかけた。
「てめえ、ふざけんなよ!」
 小池の拳が中西の顔面に飛ぶ。
 中西はそのまま冷たい床に倒れこんだ。
 ミシリ、と頬骨が軋んだ音を立てる。
 もしかしたらヒビが入ったかもしれない。
 中西はそのまま天井を見上げた。
 油断すると意識が遠のきそうになる。
 もはや抵抗する気も起こらない。 
 やがて全員がその場を去り、中西ひとりだけがその部屋に取り残された。
 天井付近にあるたったひとつの窓を見つめる。
 窓は絶望的に高い位置に設置されていた。

 中西はロープをほどこうとした。
 雨の音は一段と激しくなる。
 奴らが戻ってくる前に、ここから脱出しなければ。
 しかし、ロープのゆるむ気配はまるでない。
 ずっと手首を締めつけられていたので、指先の感覚はほとんどなくなっていた。
 ため息をつく。
 母さん……心配しているだろうな。
 腹が鳴った。
 こんな事態に陥っても腹は減るのだな、と小さく笑う。
 今は……何時だろう?
 はめていたはずの腕時計の感触はない。
 小池たちが持っていってしまったのだろう。
 中西はあたりを見回した。
 コンクリートの壁に四方を囲まれた殺風景な場所だ。
 隅に木製の机が積み上げられている。
 そのひとつから釘が突き出しているのがわかった。
 ……釘?
 中西の目に光が宿る。
 あの釘を使えば、ロープを切ることができるかもしれない。

(1985年8月29日執筆)

つづく

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