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MAD LIFE 119
8.今、嵐の前の静けさ(13)
5(承前)
長崎は娘である江利子を利用して、浩次を罠にはめた。
江利子は誘拐されたわけではない。
自らの意思で浩次のもとを去ったのだ。
親子でグルになり、浩次を騙したのである。
「江利子に騙されていたなんて夢にも思わなかった俺は、彼女を助けるために、長崎の命令に従って内村展章を殺した……」
浩次は天井の染みを見上げながらいった。
「江利子が長崎の娘だと知ったのは、かなりあとになってからだ。馬鹿だよ……俺は……」
「長崎はどうして、立澤組を離れたの?」
苦しむ兄に心を痛めながら、瞳は口を開いた。
「立澤は江利子を愛していたんだ」
「え? 立澤組の組長が長崎の娘を?」
「長崎はほくそ笑んだだろうな。立澤と江利子が結婚すれば、次の組長は自分になる可能性が高い。長崎は江利子に結婚しろと命じた。しかし――」
「……江利子さんはうんといわなかった」
「ああ。江利子は立澤を嫌っていた。だが立澤は、欲しいものは絶対に手に入れる男だ。抵抗する彼女を無理やり押さえつけ、自分のものにしようとした。だが、江利子も負けてなかった。隠し持っていた果物ナイフで長崎の腹を刺して……」
「…………」
「軽傷だった。しかし立澤は怒り狂い、長崎を組から追放したんだ」
「そうだったんだ……」
「長崎も立澤には頭が上がらない。だから本意ではなかったけれど、俺は立澤の下につくことで、長崎からの執拗な嫌がらせを避けようとした」
「あの……お兄さん……」
瞳はためらいつつ、次の言葉を口にした。
「私……警察に全部話しちゃったよ」
浩次の顔をが強張った。
「なにもかも話したのか?」
「うん……だからもう、長崎に強請られる心配はないよ」
「そうか……しゃべっちまったのか」
浩次は瞳に背を向けた。
「……お兄さん?」
(1985年12月9日執筆)
つづく
この日の1行日記はナシ