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MAD LIFE 136

9.序章のフィナーレ…謎(15)

6(承前)

 会社までの道のりをゆっくりと進む。
 一週間前、洋樹はこの道を今とはまったく違う気持ちで歩いていた。
 俺は平凡な毎日に飽き飽きしていたっけ。
 それが幸せなことなのだとまるで気づかずに。
 ショーウィンドウに映った自分の姿を見て首をひねる。
 一週間前は自分がイヤで仕方なかった。
 だけど、今はなぜか誇らしい。
「おはようございます」
 中西の声に振り返った。
「昨日は大変だったそうですね」
 彼がいう。
「どうして知ってるんだ?」
「ゆうべ、彼女から電話があったんです」
「彼女?」
「瞳ちゃんですよ」
 ああ、そういうことか。
 洋樹はほくそ笑んだ。
 すべてがいい方向へと動いている。
「じゃあ、お先に」
 中西はそれだけ告げると、足取り軽やかに洋樹の前を立ち去った。
「浮かれてるな、あいつ」
 中西の後ろ姿にそう呟く。
「おはようございます、課長」
 若い女性社員が洋樹に頭を下げた。
「ああ、おはよう」
 女性社員は驚いたような表情で洋樹をまじまじと見つめてくる。
「どうした?」
「課長……今日はなんだか素敵ですね」
「いつもは素敵じゃないみたいないいかただな」
「いえ。そういうわけではありませんが……なにかありました? すごく若返ったような気がします」
「こら、中年をからかうな」
「からかってませんよ。本心です」
 彼女の笑顔はどこか瞳に似ていた。

(1985年12月26日執筆)

つづく

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