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フォスター・チルドレン 02
プロローグ(2)
僕が学校でいじめられていることを知った親父は「男ならやり返せ」と、いつもの調子で僕を怒鳴った。僕は泣きながら、「相手は大勢いるんだよ。かなうはずないじゃないか」と精一杯の反論をした。
「それにいつか、僕は立派な人間になってあいつらを見返してやるんだ。だから今は我慢して、その日が来るのをじっと待ってる。いつかあいつらは僕をいじめたことを後悔するよ。僕はただそのときが来るのを待っていればいいんだよ」
「またおまえの夢物語か」
親父はふんと鼻で笑った。
「なんで今これからをどうしようと考えないんだ? どうして未来の妄想に逃げちまうんだ? 俺はおまえをそんな弱虫に育てたつもりはないぞ。まったく情けない。おまえにはいつも呆れるよ。そんな夢物語ばかり聞いているとイライラしちまう。実現するはずもない夢ばかり見やがって。俺の子供とは思えないな。いつまでも泣いているなら、もう俺の子じゃない。このうちから出て行け」
親父だって完璧な人間ではない。このときはなにか仕事のトラブルでも抱えていて、いつにも増してイライラしていたのだろう。子供の僕には残酷な言葉が次々と親父の口から飛び出した。
テーブルの上のカッターナイフが僕の目に飛びこんだ。図工の時間に使うため、その日、母さんに買ってもらったものだった。
僕はカッターナイフを握りしめ、親父を見上げた。
「夢を見るってそんなにいけないことなの? 出ていくよ。僕だって……僕だってお父さんの恥にはなりたくないよ!」
僕はそんな捨て台詞を残すと、乱暴に玄関のドアを開けて、家を飛び出した。これからどうしようか、などとはまるで考えていなかった。
外はどしゃ降りの雨だった。僕は涙を雨で流しながら、ただひたすらK**城への一本道を走り続けた。絶対うちには帰らない――固く心に誓っていた。
物心がついた頃から、城を眺めるのが好きだった。青々と茂った木々に囲まれ、どしりとこの町の中心に腰を据えているK**城は男らしく――その姿を見るたびに、僕は勇気づけられてきた。あの城のようになりたい――子供心にそんな願望を抱いていた。
だがその日に見た城はあまりにも大きすぎた。ライトアップされた巨大な城は、僕に襲いかかってくるように思えた。僕など簡単にひねり潰してしまいそうだった。
すべてに見放されてしまったような気がした。
城にたどり着いたとき、僕は右手にしっかりとカッターナイフを握っていたことに気がついた。発作的にナイフの刃を左手首に当てて横に引いた。
死のうと思ったわけではない。以前見たテレビドラマで、そんなシーンが流れ、母さんが「史郎はあんなことをして、お母さんたちを悲しませないでね」といったことを覚えていただけだった。
親父を心配させたかった。こうすれば、親父が僕のことを愛してくれるのでは――そんなことを考えて、僕はきっとナイフを引いたのだろう。
背後で、大声で僕の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、暗闇の中に親父の姿が見えた。親父はものすごい形相で僕を追いかけてきていた。
「馬鹿野郎! おまえはどうしていつもそうなんだ!」
僕の前に立った親父は本気で怒っているようだった。親父のビンタが僕の頬に飛んだ。
「……お父さん」
僕は親父を見て――親父の姿を見て――いつもなら心の中で悪態をつくはずなのに、なぜかこのときだけは親父の愛情を全身に感じて、なんのためらいもなく親父に抱きついたのだ。
どうしてなのかわからない。いつもの親父となにが違ったのか、あれから十年以上も経ってしまい、僕の記憶はあやふやになってしまった。ただライトアップされ白く光っていた城をかすかに覚えているだけだ。
僕は親父に抱かれながら、ぼんやりと城を眺めていた。
なぜあのとき、僕は親父の愛情を感じたのだろう?
つづく