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MAD LIFE 111

8.今、嵐の前の静けさ(5)

3(承前)

 ひとつ、気にかかっていることがあった。
 浩次の婚約者――江利子のことだ。
 兄に殺人を実行させるため、人質にされた江利子さん……私は彼女のことをなにも知らない。
 顔もわからない。
 年齢も不明なまま。
 知っているのは名前だけだ。
 江利子さんはどうなったのだろう?
 今も生きているのか、それとも三年前に殺されてしまったのか――
 瞳はポケットを探り、四つに折り畳んだもう一枚の便箋を取り出した。
 これも地下金庫から持ってきたものだった。

 江利子のことで話がある。
 明日午後二時、喫茶エリカで待つ。
                   立澤

 すべて右上がり――癖のある読みにくい文字だった。
 誰に宛てて書かれた手紙かはわからない。
 江利子というのが、浩次の婚約者なのかどうかもはっきりしない。
 書いたのは立澤なのだろうが、だとしたら、立澤の所有する金庫に残っていたのはおかしい。
 この手紙は投函されなかったことになる。
 書き損じた手紙を金庫に閉まっておくというのも奇妙な話だ。
 瞳は便箋から目を離すと、部屋の隅に放り出したままの札束を見た。
 これも二枚の便箋同様、地下金庫から持ち出したものだ。
「お兄さんに会わなくっちゃ」
 瞳はそう口にした。
「そして――私がすべてにケリをつけてやる」

(1985年12月1日執筆)

つづく

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