
フォスター・チルドレン 28
第3章 誰を救おうとしているんだろう?(3)
1(承前)
親父はこれを飲んだ……。
僕はしばらくの間、呆然とボトルの中身に視線を落とし続けた。
僕のせいだ。僕は昔から親父のお荷物でしかなかった。大人になってもそれは変わらない。僕は親父の疫病神でしかないのだろう。
ボトルの蓋を閉めると、親父がいつもしていたようにそれを首からぶら下げる。身体の中に根を生やしていた重苦しい塊が、ますます僕の心を締めつけた。
僕のしでかした過ちがどのような罪に問われるのかはわからない。
……殺人未遂?
全身に鳥肌が立つ。そうだ、これは殺人未遂だ。こんな大それたことを誰にも告白できるはずなどなかった。僕は一生、自分の犯した大きな罪に悔やみながら、生きていかなければならない。
大声で叫びたくなるのを必死でこらえ、冷静を装って、その他の荷物に目をやる。
段ボールの箱の中には他に、携帯電話、小物入れ、千円程度の小銭、ぬいぐるみ、クッション、煙草、ライター、カセットテープ、手帳、免許証、「心のオアシス」の会員証、財布、洗車道具一式、そして母さんの写真が入っていた。
母さんの写真を取り出してみる。雪をかぶった富士山が背景に写っていた。おそらく二年前に夫婦で静岡へ旅行に行ったときのものだろう。すでにこのとき、母さんの身体はガンに蝕まれていたことになる。そう思って写真を見ると、母さんの笑顔が痛々しかった。
「どうします? 全部、持って帰りますか?」
警察官は事務的な口調で訊いた。
「大きな荷物になりますから後日、宅急便で送らせてもらってもかまいませんが」
そうしてもらうことにした。ただドリンクボトルだけは持って帰ることにする。それだけはどうしても僕のそばに置いておきたかった。
「樋野さん、お父さんが目を覚まされましたよ」
看護婦が僕のそばに来て、そう耳打ちする。聞き耳を立てていた警察官も敏感に反応し、
「ではお話をうかがってもよろしいですよね?」
そう看護婦に訊いた。看護婦は困った顔をしながらも、
「では一緒にどうぞ」
と僕らを病室まで案内した。
看護婦の後ろ姿を見ながら、ぼんやりと朋美のことを考える。
――私の夢はね、看護婦になること。
ライヴの帰り道、僕らはいろいろなことを語り合った。あとにも先にも、朋美ほど打ち解けてなんでも話し合えた人間は他にいない。僕が十二歳のときに起こした自殺未遂のことも、親を除けば、知っているのは朋美ただ一人だけだった。
朋美も僕にいろいろな話をしてくれた。好きなもの、尊敬している人、将来のこと――彼女は看護婦になりたいといった。朋美にぴったりの職業だと思った。
朋美は傷ついた人を放っておけないタチだった。いや、人だけではない。車にひかれた犬や、羽根を傷めた鳥など、普通の人なら気味悪がる動物を、朋美は悲しそうに抱きかかえ、手当てすることがよくあった。
杖をついた老人を見かけると駆け寄って荷物を持ち、車椅子の青年がいれば後ろから押してやったりもした。いつも控えめな彼女が、こういうことになるとどうしてそうも大胆になれるのか、僕にはわからなかった。
一度、目の見えない子供と出くわしたことがある。途端、朋美は涙をぽろぽろと流し、「可哀想」と僕の胸で泣いた。
彼女はそんな人間だった。
つづく