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MAD LIFE 021

2.不幸のタネをまいたのは?(7)

3(承前)

 瞳の住むアパートに向かってひた走る。
 やがて白い建物が目の前に姿を現した。
 部屋の前に立ち、荒れた呼吸を整えながら呼び鈴を押す。
 瞳の声が耳に届いた。
 口調は明るいが、うわべだけなのは明らかだ。
 ゆっくりとドアが開き、瞳が顔を出す。
「おじさん!」
 洋樹の姿を見ると、彼女は嬉しそうに笑った。
「来てくれるって信じてたよ」
「教えてほしい」
 洋樹は真顔のまま、彼女に近づいた。
「……え?」
 瞳の目に戸惑いの色が浮かぶ。
「君の悩みを聞きたい。正直に話してくれ」
「…………」
 彼女は視線をそらした。
「わかっているよ。君が俺に特別な感情を抱いているなんてことは絶対にない。俺hそこまで自惚れ屋じゃないんだ」
 自分のことは自分が一番よく知っている。
 洋樹はおよそ女子高生にもてるようなタイプではない。
「……おじさん」
「正直にすべて打ち明けてくれ。もしかしたら、君を助けてあげられるかもしれない」
 彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ありがとう……」
 かすれた声が漏れる。
「私……頼れる人がひとりもいないから……」
「どうして? 家族は? 友達だっているだろう?」
「友達なんていない。両親は私が十三歳のときに交通事故で死んじゃった。兄さんも行方不明だし……」
 洋樹は驚きを隠しきれなかった。
「まさか、君はここにひとりで暮らしているのかい?」
「兄さんが置いていったお金も底をついちゃって……私……これからどうすればいいのか……」
 涙に濡れた瞳が洋樹に向けられる。

(1985年9月2日執筆)

つづく

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