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MAD LIFE 138

10.思いがけない訪問者(1)

「待て!」
 長崎典和は慌てていた。
「おまえ……正気か?」
「おまえにそんな心配をされるとはな」
 その人物は低い声で答えた。
「私はいつだって正気さ」
「おい……頼むからその物騒なものをしまってくれ」
 銃口は長崎にまっすぐ向けられている。
「なぜ、しまう必要がある? こいつはおまえを殺してくれるのに」
「やめてくれ……」
 長崎は後ずさった。
 ビルとビルの谷間にあるわずかな空間。
 助けを求めても無駄であることは長崎にもよくわかっていた。
「おまえはここで死ぬんだ!」
 引き金が引かれる。
 銃弾は彼の腹部に命中した。
 長崎は呻き声をあげ、血を吐きながらその場にうずくまった。
「バイバイ」
 その人物は長崎の腹を蹴り上げると、銃を懐にしまい、どこへともなく立ち去った。
「ちくしょう……死んでたまるか……」
 その人物の姿が消えたことを確認すると、長崎はゆっくりと立ち上がった。
 壁にもたれかかりながら、頼りない足取りで前へ進む
 目がかすんだ。
 腹からどくどくと音を立てて流れる血は、まったく止まりそうにない。
 月の光が彼の顔を照らす。
 ビルの谷間を抜けた長崎は、気力だけで歩き続けた。
 このままやられっぱなしではいられない。

(1985年12月28日執筆)

つづく

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