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MAD LIFE 144

10.思いがけない訪問者(7)

3(承前)

 我に返り、灰色の壁に掛けられた時計に目をやる。
 手術開始から三時間十分が経っていた。
 手術室の重たい扉が開き、中から医師と看護師、そして立澤を乗せたストレッチャーが現れる。
 八神が立澤のそばに近づこうとしたが、医師がそれをさえぎった。
「まだ危険な状態が続いています。しばらくは絶対安静です」
「しゃ、社長は助かるんでしょうね?」
 郷田が尋ねる。
 だがその問いに、医師は答えようとしなかった。
 もし、社長が亡くなったら……。
 浩次は激しい胸騒ぎを覚えた。

 中西望は横になって天井の染みを見つめていた。
 ……なにを不安がってるんだ?
 そう自問する。
 胸の奥に重たい塊が沈んでいる。
 いつからこうなったのか、彼自身にもよくわかっていなかった。
 ため息ばかりがこぼれる。
「ひとみ」
 不意に、彼の口から漏れた言葉。
 ひとみ? ひとみとはなんだ? 
 目のことか?
 いや、違う。
 わかってるはずだ。
 ……間瀬瞳。
 心臓がどくんと音を立てて揺れる。
 なぜ、俺は彼女の名前を口にした?
 瞳、瞳、瞳、瞳、瞳――
 頭の中に、「瞳」という言葉があふれ出す。
「まさか俺……」
 中西は息を呑んだ。
「俺、瞳のことを……」

(1986年1月3日執筆)

つづく

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