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フォスター・チルドレン 36
第3章 誰を救おうとしているんだろう?(11)
4(承前)
「あんたは関係ない。引っこんでいてくれないか」
男は相変わらずガムをくちゃくちゃと噛みながら、僕をひと睨みする。
「いや……確かに関係ないんですけどね。でも彼女、嫌がっているように見えるので」
「ああん?」
男が僕にすごんでみせた。すごまれることには慣れている。バンドをやっていると、馬鹿な客にからまれることもたびたびあった。
「それにほら、あなたたちがバイクで邪魔をしているから、ガソリンを入れにきたお客さんがスタンドに入れなくて困ってますよ。営業妨害をしちゃいけないと思うんですけ――」
最後まで喋ることはできなかった。男の右手の拳が僕の左顔面を叩いたからだ。すごまれることには慣れていても、殴られることには慣れていない。僕は二メートルほど吹っ飛ばされ、自動販売機に背中を強く打ちつけて倒れた。まったく息ができない。
「さ、行こうぜ。ショーコちゃん」
「いや、離して! やめて! やめてってば!」
彼女の叫び声が聞こえたが、僕は目を開けられなかった。全身が熱くけだるく、四十度の熱を出して唸っているときと同じような気分だ。
「大丈夫ですか?」
店長らしき男が僕に声をかけてくる。大丈夫なはずがない。そう思いながらも、「ええ、平気です」と立ち上がろうとした。が、足ががくがくして思うように身体が動かなかった。
「おい」
マサルの声が聞こえた。目をこすり、なんとか右目だけを開ける。ショーコは男に片腕をつかまれ、引きずられるように運ばれていった。その男の前にマサルが立ちはだかる。
「やめろ、マサル。トラブルを起こすな――」
店長の慌てふためく声が聞こえた。マサルはちらりとこちらを見て、それからもう一度男を睨みつける。
「彼女、嫌がってるだろう。離してやってくれ。それに今は営業中なんだ。邪魔なんだよ」
「ばーか。なに粋がってんだ? おまえ」
男はにやにや笑いながら、噛んでいたガムを吐き出した。ガムはマサルの靴に着いたようだ。
男は右足でマサルの靴を踏みつけ、煙草でももみ消すように爪先を動かす。次の瞬間、男は宙を飛んだ。
「なにすんだ! この野郎!」
バイクに乗っていた四人がいっせいにマサルに飛びかかってきた。が、マサルは手元にあった灯油のタンクを振り上げ、それを一人の男の頭上に振り下ろすと、次にバイクを両手で持ち上げ、それを残り三人に向かって放り投げる。
目の前の光景に僕は愕然とした。四百五十CCのバイクとはいえ、頭上に持ち上げられるような重さではない。それをマサルは軽々と持ち上げ、しかも人に向かって投げつけたのだ。
三人はバイクをよけたが、飛び散った破片が腹を直撃したらしく、うげっと奇妙な声をあげて、一人が倒れた。
無傷だった二人が「助けてくれ!」と叫びながら、スタンドを飛び出していく。マサルは「うああああ!」と雄叫びをあげながら、再びバイクを持ち上げ、それを彼らに放り投げようとした。
「やめろ、マサル! 落ち着け!」
店長は叫んだが、マサルはその命令を無視して、バイクを男たちに投げつけた。爆音が轟く。ガソリンに引火したのか、バイクが路上で燃え上がった。
……なんだ、こいつは?
僕は今度こそ、本当に腰を抜かしていた。
まともじゃない。狂ってる。
目の前の地獄のような光景に、僕はいつまでも震え続けた。
第3章「誰を救おうとしているんだろう?」終わり
第4章「最後まで理解し合えなかったね」につづく