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MAD LIFE 229
16.姉弟と兄妹(2)
1(承前)
「八億」
中西に背を向けたまま、真知が答える。
「…………」
想像を超える大金に中西は絶句した。
「じゃあね」
真知はいつもと同じ明るい声を出したが、中西のほうを振り返ろうとはしなかった。
「さようなら……中西さん」
「真知――」
あとを追いかけようとして、家の外へ出る。
真知の後ろ姿を目にしたところで、中西は動きを止めた。
今の俺になにができる?
俺には八億なんて大金を用意する力はない。
「真知!」
中西は真知の後ろ姿に叫んだ。
「また俺の家へ遊びにこいよ! お前の作ったみそ汁を飲みたいんだ」
それでも彼女は振り返ろうとはしなかった。
さよなら……真知。
家に戻り、静かに玄関のドアを閉める。
真知のいなくなった家はひどくがらんとしていて、居心地が悪かった。
2
「はい、コーヒー」
薄汚れた上着を脱ぐ晃に声をかけ、白いティーカップを手渡す。
「サンキュー」
晃は瞳からティーカップを受け取ると、ぎこちない笑みを浮かべた。
「びっくりした。いきなりアパートの前に現れるんだもの。大阪でなにをしていたの?」
「アルバイトさ。最初は俺、名古屋にいたんだ。金はある程度持っていたから、安アパートを借りてね。……俺、自立したかったんだ。親父のスネをかじるのはもう耐えられなくて」
晃のその言葉に、瞳は俯く。
「あんな親父の息子でいるのは、もうイヤだったんだ」
そういって、彼はブラックのままコーヒーを一気に飲み干した。
(1986年3月29日執筆)
つづく
この日の1行日記はナシ