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フォスター・チルドレン 35
第3章 誰を救おうとしているんだろう?(10)
4(承前)
ひょっとしたら、親父は昨日の夜と同じ場所へ向かっているのではないだれおうか。
昨日の夜、親父は家と正反対の方向へ車を走らせ、事故に遭った。一体、親父はどこに向かっていたのか――もしかしたら昨日果たせなかったことを、今日やろうとしているのかもしれない。
アクセルを回した。周りの景色を気にしながら、海へと続くバイパスを飛ばす。やがて、親父が事故を起こした交差点にさしかかった。ちょうど信号が赤に変わったところだったので、バイクを止める。
ガソリンスタンドの向かい側にある電柱は根元から折れ曲がっていて、まだ事故の傷跡を生々しく残していた。長い時間、電柱を見ていることができず、ガソリンスタンドに視線を移す。
次の瞬間、息を飲みこんだ。
「あいつ……」
見覚えのある顔があった。トラックの窓を黙々と拭いている男性――それは間違いなく、一昨日、「ミルキーロード」の店先で出くわした男――朋美が追いかけていた「マサル」だった。
そういえばミミも、「どうやら朋美の彼氏はガソリンスタンドで働いているらしいわよ」と僕に話してくれた。
いつの間にか信号が青に変わっている。後ろからけたたましくクラクションが鳴ったので、僕は慌ててバイクを動かし、そのままガソリンスタンドに飛び込んだ。
「いらっしゃいませ」
マサルは元気のいい声を出して、こちらに近づいてきた。
「あ、満タンでお願いします」
「現金でよろしいですか?」
「……はい」
「ありがとうございます」
彼は丁寧に挨拶をすると、鼻の下をこすって仕事を始めた。愛想はなかったが、言葉づかいは丁寧だ。身体は大きいけれど、作業服を着ていると、それほど威圧感もない。ごく普通の青年のように思われた。「ミルキーロード」の前で出会った男とは別人かと思ったぐらいだ。
だが右の目尻のほくろは確実に存在していたし、店長らしき男に「マサル」と呼ばれてもいた。彼が朋美の追いかけていた男であることは間違いない。
自動販売機で缶コーヒーを買い、それを飲みながら、じっとマサルのことを観察する。悪い男ではないのかもしれない――そんな風に感じ始めていた。
とそのとき、爆音を立ててバイクが五台、スタンドへ飛びこんできた。一目で暴走族とわかる連中だ。途端に、スタンド内の空気が凍りつくのがわかった。
「ショーコちゃあん。迎えにきたよお」
先頭の男がバイクから飛び降りる。ガムをくちゃくちゃ下品に噛みながら、僕のほうへ近づいてきた。僕の横にはタイヤの空気圧を測っていた小柄な女性が座っている。最近、人気の出始めたアイドル女性に似た可愛い女の子だった。
「さ、今日は俺たちとデートしてくれるんだよなあ」
男は整髪料でてかてかに光った頭を撫でながら、ショーコと呼ばれた彼女に手を伸ばす。彼女はすぐさま、男の手を払いのけた。
「あんたたち、いい加減にして! 嫌がらせはやめてよ!」
なかなか気丈な女の子のようだ。アクセントがやや関西訛りだった。
「いい加減にしてよお、あんたたち! 嫌がらせはやめてえん。ショーコ、泣いてしまうやんけえ」
バイクに乗ったままの男たちの一人が、身体をくねくねと動かしながら妙な関西弁を喋り、いっせいにげらげらと笑う。
「あれえ。約束したじゃねえか。今度、一緒に遊んでくれるって」
男はサングラスをはずし、さらにショーコに近づいた。とろんとした腐ったような目をしている。
僕はどうしていいかわからず――といっても、彼女に一番近い場所にいる以上、放っておくこともできず、
「あの……なにかあったんですか?」
と、なんとも間抜けな言葉を男に向けていた。
つづく