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MAD LIFE 015

2.不幸のタネをまいたのは?(1)

 朝、洋樹は由利子の声で目を覚ました。
 まだ薄暗かったが、枕元の目覚まし時計は七時半を回っている。
 どうやら雨が降っているらしい。
「あなた」
 再び、階下から由利子が叫ぶ。
「どうした?」
 洋樹は大きく伸びをすると、ぶっきらぼうに訊いた。
 理由はわからないが、彼女の声がやけに不快に感じられる。
「電話よ。中西さんのお母さんから」
 昨日の午後から、中西が行方不明になっていたことを思い出す。
 妙な胸騒ぎがした。
 布団から慌てて這い出し、階段を降りる。
「もしもし。電話、替わりました」
 由利子から受話器を奪い取るようにして持つと、早口で応答した。
『あの……』
 中西の母の声は震えている。
 彼女とは何度か顔を合わせたことがあったが、いつも明るく気っぷのよい女性だったと記憶している。
 やはり中西の身になにかあったのだ、と洋樹は身がまえた。
『望はそちらへお邪魔していないでしょうか?』
「いえ、おりませんが」
『そうですか……』
 落胆のため息が聞こえてくる。
「中西君は家に帰ってこなかったんですか?」
『はい……なんの連絡もありませんし……こんなことは初めてです』
 ふと、部下の若野が口にした言葉が脳裏によみがえった。
 喫茶店で……やくざ風の男としゃべっていたんです。中西さんはそいつらと一緒に車に乗ってどこかへ……。
 危険だ!
 若野のいったことが本当であれば、中西は今、ひじょうにまず状況に置かれているのではないだろうか?
 もっと気にかけるべきだった。
 洋樹は己の愚かさを呪い、下唇を噛んだ。

(1985年8月27日執筆)

つづく

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