着陸~事後測定1日目
2006年8月20日(日)
ついに、地球着陸の日がやって来ました。
……とはいっても、ベッドから起き上がって「はい、到着」なんていう生やさしいものではありません。本当の宇宙旅行が着陸にもっとも気をつかうのと同様、この実験も着陸時が実はもっともハードなんですよね。
午前9時。
ストレッチャーに移し替えられ、宇宙ステーションの外へ。うわあ、太陽がまぶしいよ。
ここから、測定の行なわれる研究室へワゴン車で移動です。ストレッチャーごと車に乗せられるのだとばかり思っていたのですが、普通のワゴン車なのでそんな装備がついているはずもなく、
「すみません。自力で荷台へ乗り込んでください」
……そうだよな。べつに病人じゃないんだから。
腹這いで、ずりずりずりと車へ移動し、荷台に敷かれた布団……ではなく、段ボールの上へ寝転がる僕。
車に揺られること約1分――同じ敷地内ですから、あっという間です――で、研究所棟に到着。そこで再びストレッチャーに移し替えられ、事前測定でお世話になった研究室へ。
地球へ降り立つためには、ふたつの関門をクリアしなければなりません。事前測定でも行なったtilt(起立負荷試験)と耐G測定です。
なんじゃ、そりゃ? と首をひねられたかたは、もう一度7月28日〜30日あたりの日記をご覧ください。その過酷さがわかると思います。とくに、事前測定のtiltでは、かなりツライ思いをしましたから、その記憶がよみがえってきて、鬱な気分に。でも、それらの試練を乗り越えなければ、地球に帰還することはできません。やるっきゃない!
予定では先にKさん、そのあとに僕がtiltを行なうことになっていました。しかし土壇場で変更があり、僕が先にやることに。
うわーい、ラッキー。イヤなことは早く済ませてしまいたいもんね。
ってなわけで、午前10時にtiltスタート。順調に進めば、午後1時には終了するはず。そのあと耐Gに若干時間がかかったとしても、夕方までには帰還できるだろうと、頭脳コンピュータが弾き出しました。
しかし。
tiltが始まって2時間ほど経過したところで、突然機械の調子が悪くなり、測定は途中で中断。
「仕方がありませんね。体力も消耗しているでしょうから、Kさんの測定を先に行なって、そのあとでもう一度やり直しましょう」
あああああああああああ。
ここまで頑張ったのにいいいい(号泣)。
うう……。どうして? 僕がなにをやったっていうんだよおおおお(涙)。
と泣いてみたところで、どうしようもなく、Kさんのtiltが終わるまで、簡易ベッドの上でゴロゴロ。
tiltでは、ベッドが15分刻みで、マイナス6度、0度、30度、60度の角度に動きます。
ただでさえ低血圧発作の起こりやすい実験なのに、20日間寝たきり状態だったところへいきなり60度まで起こされるわけですから、失神する可能性大。イヤでも緊張感が高まります。
「お願い、楽に終わって!」と神頼み。仲の良い友人に、「無事、地球へ帰還できるように祈っててね」とメールまで送ったり。
結局、僕の測定は午後6時過ぎからになってしまいました。
緊張と不安に押しつぶされそうになる中、ついにベッドが60度へ。
20日ぶりの起立姿勢です。
うわあ、イヤな汗が流れてきたよ。やばいかもなあ。
気をしっかり持たなければと、目の前の景色をひたすら睨み続ける僕。
しかし1分も経つと、イヤな汗もひいていきました。よっしゃ。これならなんとかなるかも。
腕からは血を抜かれ、膝の裏には筋交換神経活動を測定するが刺さっています。その痛みで一気に血圧が下がることもあるので(とにかく僕はヘタレなので)、それらのことはできるだけ考えないようにして、ただただ壁を凝視。
60度姿勢の15分間は、永遠かとも思えるくらいの長さでした。
でも、気力でなんとかクリアして最大の難関tiltを終了(万歳!)。
終わったときには、すでに午後9時を回っていました。
さあ、残るは耐G測定です。これが終われば、晴れて立ち上がることができます。まさに、大気圏突入といった感じ。
またまたストレッチャーに乗せられ、いつもの宇宙ステーションへ帰ってきました。
毎日トレーニングを続けてきた遠心機に運び込まれる直前、携帯電話に友人からのメールが。てっきり励ましのメールかと思ったら、
今、NASAから入った情報によると、黒田氏の乗ったスペースシャトルが大気圏突入と共に消滅! ♪ずっと忘れない〜
このタイミングで、
そんなメール送ってくるなよ(-_-)
「うわあ。大気圏で燃え尽きちゃったらどうしよう?」とうろたえながら、耐G測定スタート。
耐G測定では、普段のトレーニングみたいにペダルを漕ぐことはできません。そのため、心臓に戻る血液の量が減り、Gには耐えにくくなります。
とにかく精神力だ! と思い、頭の中でひたすら自分がペダルを漕いでいる姿をイメージしました。そのことが功を奏したのか、事前測定のときよりもかなり楽な感じ……。いや、耐えられたのは結局、1.2Gまでなんですけどね。でも、前回は失神直前状態でストップしたのに対し、今回は少し余裕を持って終えることができましたから。
終わったあああああっ!
遠心機が止まったときには、思わず叫んじゃいましたよ。
さあ、ついに立ち上がるとき。
たくさんの先生やケアスタッフに囲まれ、まずは上半身を起こします。
……うわあ、くらくらするよ。
風邪で高熱を出したときみたいな感じ?
頭の中がぐわんぐわんと音を立てて揺れてるような……。
肩を支えてもらいながら、ゆっくりと地面に足をつきました。
ををををを。
ふらふらする、ふらふらする〜。
このあと、平衡感覚を確かめる測定を行ないましたが、目をつぶると右へぐらぐら、左へぐらぐら。酔っぱらいでもここまでふらつかないだろうって感じになってたみたいです。
多少、気持ち悪くもなりましたが、それはほんの数十秒で治まりました。驚いたことに、ぐわんぐわんと揺れていた頭の中も、時間の経過と共に少しずつ治まっていきます。もっとふらふらした感じが続くのかと思いましたが、本当にわずかな間のことなんですね。
しかし、歩くとやっぱり身体がふらつき、なんだか妙な感じ。
「今夜は必要以上に歩かないこと。歩くときもゆっくりと」と、指示を受けましたが、歩けることがメチャクチャ嬉しくって、ついつい意味もなくベッドと廊下の間を往ったり来たり。よたよたでしたけど。
なんだか、ものすごい幸福感♪
ただ、立って歩いてるってだけなのに。
すでに消灯時刻を過ぎていましたが、このまままた寝てしまうのがもったいなくて、結局、午前2時近くまでうろうろよたよたしていた黒田なのでした。
8月20日午後11時34分。
無事、地球へ帰還。
▼当時のコメント
rosio190
無事ご帰還おめでとうございました〜!
スペースシャトル消滅しなくてよかったですね(笑)
くろけん
>rosio190さん
スペースシャトル、何度も空中分解しそうになりましたけどね(^_^;)
iwase
黒田さん,おめでとうございます.Tiltも終わって,耐Gも終わって,やっと人間らしい生活ができますね.20日間,ありがとうございました.
くろけん
>iwase先生
こちらこそ、本当にお世話になりました。ベッドレスト中に、どうやら仕事の運気も上昇したみたいで……この実験が僕の転機になるような予感がします。
つらいこともたくさんありましたが、振り返ってみれば、楽しいひと夏でした。
……今はちょっと寂しかったりもします。