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MAD LIFE 025
2.不幸のタネをまいたのは?(11)
4(承前)
中西美和は不安に押し潰されそうだった。
息子からはまだなんの連絡もない。
夫が好きだったレトロ感漂う柱時計を見上げる。
いつの間にか夜の七時だ。
今日も息子は帰ってこない。
今まで、こんなことは一度もなかったのに。
美和はため息をついた。
そのときだ。
玄関の扉が乱暴に叩かれる。
「望!」
美和は思わず息子の名前を叫んだ。
扉が開き、続いて廊下を歩く足音が聞こえてくる。
望が帰ってきた!
「お帰り」
美和は微笑んだ。
「どこへ出かけていたの? お母さん、ものすごく心配したんだから――」
部屋に現れた足音の主を見て、言葉が止まる。
そこには見知らぬ男が立っていた。
「あなた……誰?」
男はにやりと笑うと、ハンカチで美和の鼻と口をふさいだ。
鼻の奥がつんと痛くなる。
そのまま、彼女は意識を失ってしまった。
夜だ。
中西は目を閉じる。
室内は真っ暗でなにも見えない。
窓から射しこむ月明かりもほとんど役に立たなかった。
いつまでこんな状態が続くんだ?
全身を不安に包まれる。
今になってようやく、自分の行動が軽率であったことを悔やみ始めていた。
会社を休んでみんなに迷惑をかけちまって……母さんも心配しているだろうな。
母親の顔がまぶたの裏に浮かんだ途端、胸が苦しくなる。
涙がこぼれそうになった。
と突然、室内が明るくなる。
重たい扉が開き、白いハンチング帽の男――長崎が姿を現した。
「おまえの処置が決まった」
彼は冷たい床に寝転がった中西を見下ろしていった。
「処置? ……殺すのか?」
「いいや。おまえには仕事をしてもらう」
長崎は顔に引っかかった蜘蛛の巣を払いのけると、さらに中西に近づく。
「最近はなにかと人手不足だからな。おまえには金の集金をしてもらう。毎日、三万円の取り立て。楽な仕事だろう?」
(1985年9月6日執筆)
つづく